開発プロジェクトの会議に、弁護士が同席する未来

さった5月に行われた「第26回ソフトウェア&アプリ開発展 特別講演」のアンケート報告を、事務局よりいただきました。当日の参加者630名で、満足度89%とのことでした。参加者数および満足度のいずれも、近年まれにみる数字だったとのことで、無事に役目を勤めることができたと喜んでいます。アンケート結果には、超高速開発をよく知らなかった、という方が「その方向性を理解できた」という声が多くあったので、伝えるということに一定の成果がありました。引き続き、このような形で啓蒙活動に関わっていきたいと思います。


さて、私がこの業界に入ってから現在に至るまで、相変わらずシステム開発の成功率は3割と言われています。しかし今回のブログで紹介するこの本は、それを9割に上げるためのスキル、知識を盛り込んだものとうたっています。著者は実際にシステム開発のトラブルの現場で、裁判での調停委員としてご活躍されている方です。

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これまでもさまざまなところで指摘されていることですが、発注者は「お客様」ではなく「プロジェクトメンバー」という意識で参画してもらえるかどうかが、最大の鍵ということは全く同感です。しかし現実には、発注者は

ベンダはシステムのプロなんだから、任せていれば大丈夫でしょ

という気持ちをもっていることがまだまだ多いと感じています。システムの開発は、発注者とベンダの協業である、という意識が乏しいことが、プロジェクト失敗の根本的な原因です。

ところが昨今のシステム開発は、発注者のビジネスそのものが IT 化しています。この本では

システム開発プロジェクトは、発注者が構想し、リードする時代に入ったのです。

と記されています。ベンダへの丸投げで、失敗したらベンダに責任をとってもらう、というスタイルでは他社の後塵を拝するというリスクがあるのです。

本書は原則として、発注者向けに書かれたもので、ベンダとうまくつきあっていくために発注者が意識することを、読み物形式で伝えています。涼宮ハルヒが大人になったようなキャラクターの活躍は、そのまま「マンガでわかる…」にリライトされても受けそうなストーリーですが、内容はいたって真面目です。特に本書のストーリーの一つで、発注者の社長の発言にあった、”ウチはこれから先、システムを導入するたびに、いいベンダに当たるか悪いベンダに当たるか、毎回バクチをしなきゃいけないってこと?” というのは、多くの発注者が気になっていることと思います。だからこそ勝率を上げるために発注者がやるべきことは何か、ということをきちんと知っておく必要がある、というのが本書の趣旨となっています。

ベンダの立場として、この本を読んで感じたこと

私はベンダ(開発側)の視点から、本書で登場する「意識の高い」発注者が増えれば、実力のあるベンダの活躍できる場が広がるのではないかと期待しました。しかし現実には、いまだに双方ともリスクの押し付け合いを行っているケースがあとを立ちません。

この現実を変えるために、思いついたアイデアがあります。法律事務所がベンダにアプローチをし、ベンダが発注者と行う定期的な進捗会議に法律家の立場として同席するのです。その費用は(発注費の一部を捻出して)ベンダが出します。これはプロジェクトの初期段階から行うことに意味があります。この意図は、発注者とベンダの双方が、互いの協力義務を全うしているかを法的な視点で確認することです。良い意味での緊張感が芽生え、特に発注者にとっての意識改革になると思います。

プロジェクトの受注提案から、ベンダが「進捗会議に法律の専門家に同席してもらい、早い段階からプロジェクトが適切に進行しているかどうかを発注者の経営陣に報告する体制を提案します。」とすれば、経営陣へのアピールになるのではないでしょうか。そしてベンダにとっては、仕様が決まらなかったり、プロジェクトの納期やコストを変えずに仕様を追加・変更したいという要求に対して、法的な視点から発注者へ協力義務を伝えるということができます。もちろん、ベンダとしても自社都合でのプロジェクトの遅延はペナルティになります。本書の例にもあるように、主要なプロジェクトメンバーの退職といった重要事項は的確に伝えないと不利になります。これが双方にとって良い刺激になるということです。

法曹界は若手の司法書士や弁護士を、IT業界に就職してもらうということも検討できると思います。ベンダも積極的にそのような人材を採用し、プロジェクトメンバーとして参画させることでお客様の信頼を得ることができそうです。

プロジェクトにおける開発工程を圧縮することがベンダにとって必然になる

改めてIT分野の「プロジェクト」は、要求の整理からプロジェクトの進捗管理にもっとリソースを割く必要があると実感しました。しかしこれが発注者へのコスト増として跳ね返っては本末転倒です。他社よりも安価(極端に安いという意味ではなく、よりリーズナブルな価格という意味)で、プロジェクトの成功率を高めるための人間系への投資を厚くするためには、開発工程の部分を自動化によって圧縮することは避けられません。プロジェクト費用のほとんどは人件費である以上、人が関わるべきところの人件費を厚くして、自動化できるところは徹底的に自動化することが発注者にとってもプラスに働きます。プロジェクトが火を噴かないために手を打つことがベンダの経営陣の役割です。リスクの高いプロジェクトを無理に受注して、一時的な売上を追いかけるバクチ的な経営では会社が持ちません。

ということで結論は、この本は発注者向けとなっていますが、実はベンダの立場から読むといろいろな発見があるかと思います。ブログのタイトルには「未来」と書きましたが、私が知らないだけで、すでに同じような考えを実践しているベンダがあっても不思議ではありません。