2018年最初の書評 - 「誰がアパレルを殺すのか」を受け入れる度量はあるか

あけましておめでとうございます。今年最初の書評は「誰がアパレルを殺すのか」をとりあげました。
日経ビジネスオンラインの記事もありますが、本の方が一気に読めるのでお薦めです。

https://www.amazon.co.jp/dp/4822236919/

誰がアパレルを殺すのか:日経ビジネスオンライン

本書の主旨は次のとおりです。

アパレル業界が内包する問題は多くの日本企業に共通する。高度経済成長期の栄光を忘れられないまま、バブル崩壊やデフレといった環境変化を直視しようとしなかった。場当たり的な対処を続け、気が付けば業績不振は深刻さを増していった。それでも業界内のライバルとの競争ばかりに明け暮れ、時代から取り残されていった。痛みを伴う改革を避け、ひたすら現状維持に固執する思考停止の姿勢が、今、この瞬間もアパレル業界を窮地に追い詰めている。

執筆者は実際に川上(産地)から川中(アパレル企業)そして川下(百貨店など小売り)までの取材を通して、例えば川上のプレイヤーは、川下で何が起きているかを知らないまま、自分たちの仕事が苦しくなっていると嘆くばかりで、真の問題を認識していないことを浮き彫りにします。それぞれの立場のプレイヤーが部分最適化に集中し、より大量の服を、海外で安く作ることができるようになった結果、勝ち組がいなくなったという話は、アパレル業界だけではなく日本全体が陥った罠といっていいでしょう。
本書では "散弾銃商法” と紹介されていますが、その背景にあるのはバブル時代の成功体験だったと聞けば、あの時代よ再びと願う50-60代の悲哀と重なります。一方で業界の外から新規参入したプレイヤーは、顧客の声をよく聞き、これまでとまったく違うアプローチで成長しています。業界の「内輪の論理」がバーゲンを前提とした大量生産、海外生産による低い原価率を好み、国内のよい生地や縫製技術は使わないこと、そして店員の使い捨てといった悪弊の温存であったとすれば、その一つ一つを変える試みに顧客が反応するというのは、むしろ希望を感じます。
それにしても「(自分の仕事を)変えたくない」ということを優先するほど、顧客が離反していくという現象には考えさせられます。 私自身は読みながら、あまりにも身をつまされるので読んでいて辛いものがありました。と同時に、変化を受け入れることの大切さをこれほど強烈に示す題材もない、と感じました。

違和感を大事にする

私が IT 業界に入ったきっかけは、プログラミングの楽しさでした。しかしほどなくして、多重下請けのピラミッド構造や、能力を無視した人月単価、そして何よりも創造性を重んじるはずのプログラミングが単純作業とみなされる業界の「内輪の論理」に違和感を感じるようになります。この違和感を抱き続けることで、Generative Programming - 自動生成エンジンを中核としたプロジェクト体制という「道」を見つけるに至りました。

しかし多くの SI 企業では、顧客第一を標榜しつつも、実際には自社のエンジニアをできるだけ稼動させなければならないという大人の事情に囚われています。それに反旗を翻す顧客との気持ちは離れる一方です。黒船と目されるのは海外プレイヤーによるクラウドでしょうが、根本的には SI 企業がこれまでの慣習をみなおし、少人数で大規模開発を行えるような体制にシフトできるかどうかが最大のヤマだと考えています。

その本丸の改革を自分たちの手で行うことができるのか。あるいは既存の SI 企業はじりじりと縮小し、まったく新しい企業にとって変わられるのか。アパレル業界の変化のありようは、IT業界にも大いに参考になるはずです。一つ予感していることは、2018年は昨年よりさらに加速したスピードで、社会全体が変わっていくだろうということです。その根拠は昨年の変化のスピードが、もうすでに私の想定を超えるものだった、ということにつきます。未来は本当に予測が難しいですが、変化のスピードが加速することだけは間違いないでしょう。そのような環境下で経営に携わる身として、昔の栄光ふたたびと祈るのではなく、変化を受け入れる気概で新年を迎えたいと身を引き締めるところです。

IT 業界の「アジャイル」という言葉は、技術用語ではなく経営方針と捉えるところが増えていますが、では「(アジャイル経営がいうところの)受け入れるべき変化とは何か」と問われれば、それは業界内の常識に潜む違和感ではないかと思うのです。本書を読んで改めて感じたことは、今の時代、この違和感を飲み込んで、なかったことにするのではなく、そこに変化のためのヒントがあると見つめ直す勇気が求められているということでした。