デジタルファーストが促す、基幹システムのAPI化

少し古い記事の引用ですが、デジタルファーストとは、「手続きをIT(情報技術)で処理する」ことを指します。

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行政の視点では「(行政の)手続きを電子申請に統一する」ということですが、私の解釈は、行政機関が運用するシステムが API 化されていくということです。そう遠くない将来に、これらの API はインターネット経由でアクセスできるようになることでしょう。窓口業務は AI 搭載のバーチャルキャラクターが引き受けて内部の API を呼び出すことで実現できますし、認証を受けた民間企業が直接、API を利用することもできるようになります。そこまで実現してはじめてデジタルファーストです。

もちろん、同じことはすでに民間企業でも絶賛、実施中です。社内で扱う書類、取引先との書類、お客様とのやりとり、さまざまな手続きをIT化しているところです。ここで誤解していただきたくないのは、紙をExcelファイル化することはデジタルファーストを意味しません。紙の電子化と、手続きのIT化はレベルが異なります。手続きのIT化を進めると、いずれその手続きがAPIになって外部から呼び出されることにつながっていきます。Excelをメールに添付して双方でセルの中身を埋めていく、というのはデジタルファーストではありません。そこにRPAを導入してセルに値を入力する操作を自動化できたとしても、やはりデジタルファーストではありません。その理由はのちほど述べます。

この「手続きの IT 化は API の公開に至る」というストーリーは何を意味するのでしょうか。企業の価値(またはブランド)はこれまで売上規模や社員数、社歴といった物差しで図られてきました。しかしデジタルファースト時代においては API の質と量がこれに代わるようになる、と考えています。売上は小規模で、社員数も少ない、創業まもない企業であっても、同業他社や大企業より充実した API を提供することで、エコシステムを形成するリーダーもしくは重要なパーツとなることができます。そのような戦略は、おそらく利益率が高く、また従業員にもゆとりを与える環境を提供できる可能性が高いでしょう。株主、取引先、従業員にとって三方良しの組織にするのは経営者にとって理想ですが、API 化の促進はその実現のための重要な位置付けになるはずです。

技術者には馴染みの深い API ですが、プログラム開発経験のない経営陣に、この考え方をうまく説明することを試みます。API で知っておいていただきたいのは次の4点です。

(1) APIとは「何かを受け取って、何かを返す」という仕事上の手続きに「名前」をつけたもの。この組み合わせを特に「インタフェース」と呼ぶ。(インタフェース = 仕事の手続きの名前 + インプット + アウトプットのこと。)
(2) 相手があることなので、一度決めたインタフェースは簡単に変えられない。
(3) 一方で、このインタフェースを社内でどう実現するかという点は、あくまでの社内の問題であり、相手には見えないので、変えることができる。
(3) 一回の API 呼び出し(つまり外部の人が手続きを依頼して、何かのアウトプットつまり成果を得る)にはコストがかかる。

まず (1) と (2) から、APIの設計は慎重に行う必要があることがわかります。一方で (3) から、API が内部でどう動くか、つまり社内の誰がどういう手順で実際に処理しているか、は外部からは見えないことがわかります。そして経営視点で重要なのは (4) でしょう。(3) と (4) から、API の内部処理を常に改善することが、競争力の源泉になることがわかります。

(4) のコストとは人件費でもあり、コンピュータパワーの運用費でもあります。しかしコンピュータパワーに関するコストは毎年、下がっています。(コンピュータの性能向上とは、1円あたりで手に入れるコンピュータパワーが増えていくことを意味します。)よって現代社会におけるコストの大半は人件費です。同じような API を提供する A 社と B 社があって、A 社は API を 1 回呼び出すのに 10 円かかるが、B 社はこれを 5 円で行う、となったとき、利用者は B 社を採用するモチベーションが働きます。

そこで重要になるのは、API の内部の動き、つまり社内手続きの改善および、その改善結果をコンピュータへのプログラムとして表現することのスピード感です。手続きの改善とは業務処理の変更を意味します。これまでの基幹システムは一度定めた業務処理を10年も20年も使い続けるようになっていました。これが「業務処理は常に見直される」ことを前提にする、というのがデジタルファーストを支える土台になります。固定化された業務処理ありきで、その運用だけを自動化する RPA は、デジタルファーストと区別した方がよいでしょう。これは RPA がダメといっているわけではありません。現行の手続きを効率的に運用するための自動化は短期的効果が大きいでしょう。しかしそれがゴールではなく、手続き自体を可変にするという発想に跳躍することが鍵になる、という意図です。

まとめます。デジタルファースト以前、人間は定められた手続きに従って間違いなく運用するというスキルが求められていました。デジタルファースト後、基幹システムの API 化によって人間は、常に業務処理を改善するというルール設計のスキルが重視されることになります。このスキルのポイントは、できるだけ人間の介在を減らし、最新の情報技術 (IT) を使って実現できないかを考え続けることです。

「経営のスピードを上げる」という標語を目にすることがありますが、具体的には「基幹系のアップデートを迅速に行える武器(技術基盤)をもっているか」というように捉えるといいのではないかと思います。