GIS産業振興の視点が難しい理由

私は現在、NPO沖縄地理情報システム協議会という立場から沖縄県に GIS 事業の提案を行っていますが、行政側からは常に「産業振興につながるストーリー」を求められています。誰もが納得しやすいストーリーが見つかればいいのでしょうが、そう簡単ではありません。そこで視点を変えて、なぜ産業振興というストーリー作成が難しいのか?を考えてみます。

産業振興のスタート地点は、つきつめると二つしかない、という仮説を立てました。「革新的な技術の登場」と「政策誘導」です。前者はイギリス産業革命などで有名です。後者で最近言われるのはドイツのQセルズ社の成功事例です。政府によるソーラーエネルギー買い取り義務化の波にのりました。

次に、この二つを成功に導く材料として「技術を活かせる人材」と「そこに投下する資本」が必要になります。つまりチャンスをビジネスに変えるときに、ヒトとカネがあるかどうかが求められるわけです。産業の内容によってはモノ(材料)も必要になります。ただし IT 系はモノにこだわらなくてよいことが特徴です。

さてこのような整理をした上で、改めて沖縄です。沖縄のアピールは主に「安価で豊富な労働力 = 人材」です。人材の高度化も重要ですが、これについては高度人材育成のための枠組みが充実してきており、実際に優秀なヒトは少なくありません。資本の観点では厳しいですが、ゼロというわけでもないので、ここでは悲観するほどではない、とします。モノについては沖縄特有の地域資源を活かす産業の場合に重要ですが、IT 系の話なので、この部分は無視します。

そうなると問題はスタート地点の認識です。IT 系では、革新的な技術は OSS で公開される時代になったので、沖縄だけではなく世界的に公平です。沖縄の優位性ということはありません。残るのは「政策誘導」です。つまり国や県の視点で、この産業を興して、育成するための政策が求められます。政策とは経済合理性ではなく、「えこひいき」のことです。環境問題でリーダーになるという目標があって、そのために CO2 削減に寄与する世界企業をつくる。その一つがソーラーエネルギーであり、その分野を伸ばすために強制買い取り制度をつくる。根っこにあるのは「どういう目標を打ち立てるか」というトップダウンのビジョンです。

沖縄は失業率改善という問題に対して、IT に活路を見出しました。そこで「IT 立県になる」という目標を立て、そのために本土企業を誘致するという戦略を立てました。その一つがコールセンター分野であり、その分野を伸ばすために東京沖縄間の通信回線費補助と、人材育成を行いました。ストーリーがつながっています。

同じことを GIS にも適用するとどうなるか。雇用問題を絡めながら「GIS 先進県になる」という目標を立てるなら、次の二点が政策誘導のために必要と考えます。

  1. 基盤地図の作成業務に従事するデータ入力者の雇用と育成のために、データ作成業務を県内で回す。これは国防の視点からも、基盤地図情報を中国等の国外で作成させないという国レベルの政策誘導も必要です。
  2. 県や市町村が積極的に GIS を活用した業務改善を推進する。それによって GIS 上級技術者の活躍の場を広げる。

これらの政策誘導をスキップして、単に一時的なデータ作成だけを行ったり、ちょっとしたアプリケーションを用意するだけでは、産業振興とは言えないでしょう。これは本気だ、と思わせてはじめて、企業も真剣に取り組むものです。その結果、GIS をビジネスにする企業が登場するという好循環が生まれます。

地理空間情報活用推進基本法」の登場で国の本気度が見えてきていますので、望みはあります。しかしこれを沖縄としてどう料理するか、というグランドデザインがないことが問題です。なぜないのか。それは GIS が根本的に「縦割り行政を串刺しにする」という性質をもっているからだと感じています。つまり、今の行政の業務フローにそぐわないのです。GIS の活用は、業務の横断連携、そして広域市町村との連携を促します。逆にいえば「横断連携、広域連携をやらなければならない」となったときに GIS は不可欠なツールになります。何らかの意思決定を行う際に、空間的な視点が判断材料に使われるためです。

現在の GIS が盛り上がらないのは、部署内で閉じた施設管理・台帳管理といったレベルでしか使われておらず、意思決定支援ツールになっていないためです。ただ、これは GIS だけではありません。IT 全般に目を向けると部門間連携、企業間連携のための技術である SOA がなかなかブレイクしないのと同じ構図がみえてきます。IT はこれまでの「事務作業の効率化」から「経営戦略の支援」へと軸足がうつりつつあります。その変化を受け入れることは本質的に困難なことは承知していますが、やるべきことをやらないと成功という果実を手に入れることはできません。

その覚悟を伴わず、楽な方向(一時的な仕事をこなすこと)にいって延命を図ってきたことが、結局は沖縄の自立を損なうことになっていると思うのです。GIS はそうならないようにしたいのですが、残された時間は短いなぁと思う次第です。