人は何のために生きるのか

それは「他人に何らかの影響を与えるため」だと思います。別の見方をすれば「人生の意味」は「他人に影響を与えること」であり、自分の中に意味付けをするものではないということです。

ここでいう影響とは、物理的なレベルではなく、精神的(心、魂)なレベルを指します。人は一人では生きられず、他人とのつながりによって生を実感します。また、他人に何らかの影響を与えることで、より高い充実感を得られます。「より良く生きる」とは多くの消費を行うことでもないし、自己満足に浸ることでもない。自分以外の人に良い影響を与え、感謝されることです。感謝のフィードバックが、さらに良く生きるエネルギーに転換されます。

他人からエネルギーをもらうことだけでは、正常な関係を構築したとはいえません。他人から何らかの影響を受けたときは、感謝というフィードバックを返すことで、より良いつながりへと発展させることができます。しかし生の充足感の本質は、他人に影響を与えることです。影響の本質は二つしかありません。一つは「愛情」で、もう一つは「怖れ」です。愛情のやりとりは自分の精神(心、魂)をプラスの方向へ、恐れのやりとりはマイナスへと向かわせます。この二つは反対の性質ですが、いずれもエネルギー量で計ることができます。

恐れのエネルギーは、他者の魂を束縛しますが、愛情のエネルギーは解放します。「幸せ」とは愛情のエネルギーによって魂が解放された状態です。恐れによって相手を束縛しても、幸せを感じることはできないようになっています。

偉人とは、死してなお他者に影響を与え続けることができる人です。歴史に名を残したいという欲求は人としてもっているものです。自分がここで生きていた証を残すことが大切なのではなく、証が時空間を超えて影響を保持し続けることが大切です。それは、その人の物語でもいいし、その人が社会に残した何らかの物理的なもの(建造物など)を媒介にしてもいいでしょう。そして仕事とは、生きていくために(お金を得るために)するだけでは満足感につながりません。仕事を通して他者に影響を与え、感謝という愛情のフィードバックを受け取るための行為とみなすのが正しいといえます。


ここで、別の視点を考えます。人のつながりは何らかの共同体が必要です。もっとも大きな概念は「社会」ですが、他にも「会社」「地域」「家庭」などの概念があります。「会社」は利益の生産と分配を行うための組織ですが、そこに集う人の中では、やはり相互に影響を及ぼし合っています。

何を書きたいのかというと、IT 業界の 3K のことです。「キツい、帰れない、給料が安い」といったマイナスイメージが語られはじめ、業界からは「そんなことはない」というメッセージを出そうとやっきになっていますが、本質的な解決策になっていません。その根っこを知り、手をつけて(変えて)いかないといけないはずですが、根っこに相当する部分の認識が皆、異なっているようで、議論になっていない感じです。

実は 3K とは何らかのメタファであり、それ自体が本質ではないのではないか、と考えはじめました。もしそうなら、「キツくない、ちゃんと帰れる、給料が高い」というメッセージを出しても(それ自体、眉唾っぽですが)解決にならないことになります。

ここで私が考えたのが、昨今の IT 系の職場環境は「他人に影響を与える機会が少なくなった」のではないか、ということです。多重下請け構造でお客様の顔が見えなくなると、仕事の意味がわからなくなってきます。誰でも自分の仕事は「石を積んでいる」のではなく「教会をつくっている」と感じたいわけですが、これが難しい。仕事の対価の本質は給与ではなく感謝されることなのですが、その感謝の気持ちが届かないどころか、度重なる仕様変更と、不具合クレームばかりが届けられると、辛くなります。それに加え、製造工程も細分化され、隣の人が何をしているかもわからないようになると、組織の中でのつながりも薄れます。技術力のある人は、その技術を他人に伝え、感謝されることでつながりをつくることができるのですが、それもままならない。上司に仕事の意味を問う時間的な余裕もなく、目の前の不具合潰しや火消し作業に追われると魂のエネルギーを放出する一方です。つまり、つながりが出来にくいことが 3K というメッセージの奥にある、魂の慟哭なのではないかということです。

この仮説が正しいなら、私達がやるべきことを整理できます。お客様と直接、コミュニケーションがとれる位置で仕事をすること。言い換えると、小さな仕事でもいいから元請けになることです。パッケージ開発やサービス提供など、手法は変わっても、お客様の声が開発者(サービス提供者)に直接届けられるようにすることで、つながりを実感できます。次に組織内でのコミュニケーションを活発にすること。それは技術の継承でもいいし、営業へのフォローでもいい、総務といっしょに会社組織を論じてもいい、新人教育でもいい、上司や役員と飲みに行くことでもいい。つながりを実感でき、愛情のフィードバックを行える組織づくりが大切です。軍隊式の組織は愛情ではなく恐れでのコントロールを求めます。これもつながりの一種ではありますが、魂の疲労が激しいので、一時的な効果はあっても長続きしないはずです。

おそらく IT 業界はこの数年で、これらを実践する組織が少なくなった、あるいはそういう組織の存立を許さない環境をつくってしまったのです。少なくとも私がこの業界に入った 1990 年前後は、システムエンジニアは花形の職種でした。社会に貢献でき、創造性が高いと考えられていました。一方でその頃から残業が多いことは知られていましたし、35 歳定年説もありました。それでも未来は明るいと信じていた人は多かったし、技術革新によって人間系への負荷は改善されると思っていました。そうならなかったのは何故か?という考察は後日。