受託ビジネスの革新がはじまる

二つの新方式を考察する

長引く不況で新規開発案件が激減する中、いよいよ IT 業界では受託ビジネスモデルの変革が本格化する兆しがみえてきました。ここでは、二つの新方式について考察します。

(なお、以下の考察はあくまでも公開された情報をもとにした私見に基づくものです。いずれのサービスについても批判する意図はなく、正確なサービス内容については両社に問い合わせることが良いということを、予めお断りしておきます。)

「永和システムマネジメント」方式(http://www.esm.co.jp/trial/new-agile-contracts-service.html、以下、永和方式と略します)
  • 初期開発費ゼロ、毎月15万円からアジャイル開発というもの。
  • 構築されたシステムのソースコードは納品されない。
  • 月々利用契約を停止すると、システムの運用も停止される。
  • 解約は自由で、解約時の手数料などは不要。
  • 契約時点から月々の支払いが発生する。
  • 開発全体を俯瞰し、優先順位をつけて少しずつ開発するというアジャイル方式を実践する。
  • お客様のメリットは、少額の開発費で動作する成果物を手に入れられること。使いながら仕様変更するような社内業務に向いている。
「IT-Agent」方式(株式会社エイ・エヌ・エス、http://www.ans-net.co.jp/、以下 IT-Agent 方式と略します)
  • 初期開発費ゼロ、毎月10万円からの運用費が 5 年間、発生する。
  • こちらは開発期間中、開発費の請求が発生しない。その代わり、運用開始時点から 5 年間、月々の利用料という形で請求が発生する。
  • アジャイル方式ではないため、これまでの受託開発と同じ進め方だと思われるが、お客様にとっては開発費を 60 回分割払いできるという点がメリットである。

両者に共通しているのは、営業面では「初期開発ゼロ」ということですが、その本質は「人月単価をみせない」ことです。人月単価換算で他社と比較できないように工夫していることが重要です。

永和方式、IT-Agent方式のいずれも、総額いくらに対して、どのようなシステムができるかを明示していません。見積方式は非公開です。特に永和方式の場合は、見積という行為そのものを不要としているように感じます。出せる金額に応じて開発範囲を都度、お客様と合意をとるスタイルだろうと考えられます。

ジャスミンソフト MDC 方式との比較

ところでジャスミンソフトは昨年(2009年7月)に「MDC 方式」という見積手法を公開しています。
http://www.jasminesoft.co.jp/service_develop.html

これはシステムの開発規模をデータベースの項目数で表現するもので、お客様自身で開発費を見積もることができるという特徴があります。これは支払い方法についての提案ではないため、初期開発費ゼロといった仕組みは備えていません。

永和方式や IT-Agent 方式の登場は、支払い方法が月額固定プランとなっています。この点で、当社 MDC 方式からさらに踏み込んだ内容であり、視点が素晴らしいと感じています。

この動きはどう広がっていくか

中小 SIer 企業にとって、大手 SIer からの下請けが先細っている以上、自らが一次請けとなってお客様のシステムを開発する方向に進むのは必然です。一方で、お客様がクラウドや SaaS を支持している最大のポイントは「初期投資が安く、いつでも解約できる」ことであり、これが従来の受託開発スタイルを時代遅れにしていることも明白でした。

永和方式や IT-Agent 方式の「初期開発費ゼロ」は、受託開発をクラウド/SaaS と同じ土俵に上げることを可能とするものです。多くの中小 SIer 企業は葛藤こそあれ、いずれこの形をとらざるを得なくなると思います。

ところで、受託案件には「地域性」があると考えています。すぐに駆けつけてくれる地場の中小 SIer 企業をパートナーにする方が安心でしょうから、地域毎にこの切り口(初期開発費ゼロ)を実践する企業が登場すれば、その地域で No.1 になれる可能性があるということです。

そこで「(初期開発費ゼロというスタイルを)自社でやるとどうなるか」という視点で考えてみます。
すると、両方式の違いがさらに明白になります。

永和方式

15万円という最小契約であっても、何か動くものを納品しなければなりません。社内の生産性を相当、高くする必要があります。これを支える技術基盤に自動生成が活用されていると予想しています。同社は Ruby on Rails の活用企業としても知られていますが、同ツールが提供する標準的な CRUD レベルの自動生成に加え、自社オリジナルで自動生成部の拡張を行っていることと類推しました。これによって例えば生産性を10倍に高めることができれば、「他社が1ヶ月で作成するものを、2日で構築できる」ことになり、当初から赤字にならないというビジネスが成立します。ただし個々の技術者の能力を高めることが必須であり、中途半端な技術スキルでは赤字になってしまいます。また、Ruby on Rails(もしくは得意とする開発テーマ)に不向きな案件は受注しないといった切り分けも求められます。

IT-Agent 方式

開発期間中は、開発費をいただかないというポリシーであるため、会社の財務体質強化が求められます。自転車操業では早々に黒字倒産に追い込まれるでしょう。ただし開発内容を特化する必要はなく、どのような案件であっても柔軟に対応できます。受注案件テーマを絞る必要はありませんが、プロジェクトマネジメントを強化することが求められます。いかにしてお客様の合意をとって運用開始に到達できるか(ここが料金回収の入り口になる)がポイントです。

多くの中小 SIer 企業にとって悩ましい選択のようにみえますが、実はいずれも

  • 技術を磨いて飛躍的な生産性向上を図る
  • プロジェクト管理を強化し、短期間で、お客様による検収工程へと導いていく

という、当たり前のことを徹底的にやるということが前提になっています。これらはシステム開発から属人性を排除することにつながっていくでしょう。

受託開発はまだ進化できる

一次 SIer の下請け構造から、お客様と直接、契約する元請けに変わるためには、他社と差別化する強力な武器が必要です。人月単価を下げることで競争力をつけるという発想では、継続性がない(目先のことしか考えていない)ことは誰もが知っています。

永和方式、IT-Agent 方式いずれも私たちの業界に「工夫することで、単価競争から脱却することはできる」という強いメッセージを発しています。IT 業界はまだまだ進化の余地がある、面白い世界であると改めて感じています。

そして、私たちが提供している Wagby という自動生成ツールは、この流れの中でさらに活躍の場が広がることでしょう。開発者の皆様に支持されるツールになることを目指して、私たちも Wagby の開発を継続していきます。
http://wagby.com/