完璧を求める人々にどうアプローチするか

ノンプログラミングで業務アプリケーションを開発する「Wagby」というツールの営業を日々、行っています。紹介セミナーや、ハンズオンセミナーといったところまで、かなり Wagby へのご評価が高いので喜んでいるのですが、いよいよ導入という段になって、あとわずかのところでご採用いただけないというケースが見受けられます。これは次のような声となって聞こえてきます。

Wagby で実現できない画面機能を利用者に要望された場合、「これは Wagby で定義できない」とは、どうしても言えない。さりとてカスタマイズすることは避けたい。

Wagby にとって、これまで何度も指摘されている点です。私は業務アプリケーションのノンプログラミング開発を推進していますが、一方で Wagby の能力を超える要望はプログラミングによって補完する必要がある、と考えています。しかし、大半が自動生成される仕組みが目の前にあると、もう 1 行もプログラムを書きたくないと考えるのも、また人情です。


私の立場からは、"99% が自動生成で、残り 1% はプログラムを書いたとしても、生産性は劇的に向上している(ので、Wagby採用のメリットは大きい)" ですが、Wagby を採用する立場からは "100% 自動生成できなければ、採用できない。" ということです。この差は Wagby のバージョンアップの都度、確実に縮まっているのですが、完全に 0 にすることはできないでしょう。


そして、私の説明は開発者にはご理解いただけるのですが、開発されたシステムを使う利用者は完璧を求めるため、結局は Wagby を採用されないという、なんとも惜しい結論になってしまうのです。


ここには日本特有のシステム文化があります。「利用者は神様である。どのような要望であっても満たされない限り、使っていただけない。」というものです。


開発者にとって、最大限の力をもって利用者の要望を満たそうとするのは当然なのですが、悩ましいのは、99% を 100% にするために必要なコストは膨大である、という事実です。実はほとんどの利用者は、コスト度外視で要求されています。開発者(プログラマー)は神のような存在であり、要望はすべて、あっという間にプログラミングできるのが当然。もし難しいという顔をするなら、それは開発者の能力不足であるとみなされるのです。


この関係において、妥協点を探る調停者の存在が不可欠です。しかし実際の現場には調停者がいないため、混乱しています。私たち自身がさらに努力し、Wagby を完成形に近づけるというのは、いわずもがな、やるべきです。しかし今、目の前のプロジェクトで「あと一歩、ここで Wagby を使っていただければ相当メリットがある」という中で、100%要求を満たさないため Wagby を使わない、というのは実にもったいないことです。


ちなみにこの利用者至上主義は、企業規模を問わないということも経験則で発見しました。大企業だから特別な要求があるとか、小企業だと多少使い勝手がよくなくとも大丈夫だろう、などということは、ありません。皆、等しく「自分ならではの使い勝手」を求められます。


今の時点で私たちの方向性は一つで、ぶれはありません。多様な要望をすべてヒアリングし、一つずつ Wagby に盛り込むことです。それは途方もないチャレンジのように聞こえますが、実はこのような開発プロセスを開始して、今年で 6 年目に入っています。難しいことでも日々、やっていくことで、当社にとってはきわめてノーマルな発想になりつつあります。


そしていつの日か、日本の業務アプリケーションを構成する「すべての」部品をカタログ化したいと考えています。そのカタログは、Wagby 定義ファイルで選択できるものになっているのです。少なくともそういう発想で開発ツールの進化を計画しているのは、当社を含め、世界でも稀ではないかと思います。だからこそ、真っ先に到達してみたい。


Wagbyを検討しているが、この機能が不足しているので採用をためらっているという方がいらっしゃいましたら、一言、ご相談いただければと思います。実装時期や費用の問題はさておき、そのような要望があると当社の開発陣に知ってもらうことだけでも、意味はあります。そういうコミュニケーションをとらせていただけるのは、私たちにとってありがたいことです。