ハリー・ポッターの育て方にみる、人材育成の理想的な姿

ハリー・ポッターは宿敵ヴォルデモードとの決戦が運命づけられていますが、最初から覚悟をもって対峙しているわけではありませんでした。闘わなければならないと頭では理解していますが、なぜ自分がしなければならないのか、避けることはできないのかなど、さまざまな葛藤があります。

そしてストーリーのクライマックスに、恩師であるダンブルドア校長の助言により、自分の運命をようやく悟ります。私はこの場面に人材育成の理想的な姿をみました。

ハリーはやっと、ダンブルドアが自分に言わんとしていたことがわかった。死に直面する戦いの場に引きずり込まれるか、頭を高く上げてその場に歩み入るかの違いなのだ、とハリーは思った。その二つの道の間には、選択の余地はほとんどないという人も、たぶんいるだろう。しかし、ダンブルドアは知っている - 僕も知っている。そう思うと、誇らしさが一気に込み上げてきた。そして、僕の両親も知っていた - その二つの間は、天と地ほどに違うのだということを。


ハリー・ポッターと謎のプリンス 第23章「ホークラックス」より

これは人生において誰もが経験することです。そうするしかないという状況になったとき、上司から命令されたからという立場で遂行するという気持ちなのか、それとも、これを達成するのはまさに自分の天命であるという気持ちで臨むのか。多くの人は後者を理想の生き方と認識しつつも、現実には前者のような形で仕事に向き合っていることが多いのではないかと思います。

新人は、仕事の進め方や、スキル(技術)を学びます。中堅になるとお客様との交渉や、社内の政治力(誰に、どのように頼めばプロジェクトがスムーズに進むか)を学ぶことでしょう。しかし「なぜ」この仕事が重要なのか、と自らに問いかけたとき、これに「上司の指示だから」と答える人が多い組織は、停滞そして衰退が始まるのではないかと危惧しています。まさに会社の売上を担う中堅社員・中間管理職の人材が仕事に誇りをもち、自らでしか(この仕事を)前に進めることができないという覚悟を持っていることが、組織をさらに成長させることでしょう。経営陣は、そのような中堅社員を育成するための土壌を整備することが大きな役割です。

私自身は昨今、言われている「社畜」というキーワードを目にするたびに自戒する心境になります。中堅・中間管理職の社畜化は一見、会社を支えるように感じます。しかし自らの意思で仕事をしているのか、仕方なく社畜化を受け入れているのかでは雲泥の差があります。組織には「売上目標」という次元のさらに上の、何らかの目標があるはずです。その目標の根底には、創業者の理念があります。多くの理念は、社会貢献につながります。社員が自らの仕事によって、社会(文化)を一歩、前に進めることに貢献できるという自覚を持ってもらうことに、経営陣は多大なエネルギーをかける必要があります。それを省いて数字だけを背負わせてしまうと、社畜化という困難な状況に陥るという罠が潜んでいると考えています。

ダンブルドア校長によるハリーの育て方に、特効薬はなかったというのが私の受け止め方です。一貫して真摯に状況を説明し、困難な状況に立ったときにわずかな支援を行いつつも、基本は自分で解決させる。悩みごとは大人が解決するのではなく、話を聞いてちょっとしたアドバイスを行う。この方法はひたすら時間がかかります。指導する側には忍耐と、そして自分の言葉を信頼してもらえるだけの人格性が求められます。一朝一夕にはできないでしょうが、そういう社風を確立できた組織は強い、と考えています。

当社は今年、Wagbyの新しいバージョンを公開しようという目標を立てていますが、それに関わるすべてのスタッフに、その目標達成のために社畜として関わるのではなく、頭を高く上げて自ら進んでほしいと願っています。もちろん実現には、大変な困難を伴うことでしょう。しかし私にとっては製品の完成という目標の先に、それを自分たちの力で達成したという成功体験による成長を期待しています。贅沢かも知れませんが、私たちには世界で闘える人材が必要です。そしてそれは外部からヘッドハンティングで調達するのではなく、現行メンバーの成長によって成し遂げたい、というのが私の思いです。がんばっていきましょう。

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