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亡くなった父への追悼 - 父から受け継ぐ思想

先日、父が他界しました。臨終から初七日まで、あっという間の一週間でした。多くの方々に弔問と、励ましの言葉をかけていただき、ありがとうございました。おかげさまで初七日も終え、今日から業務復帰です。

今の私があるのは高校一年生のとき、父が私にコンピュータを購入するという決断をしたおかげです。中学生時代は学校に1台あったPC-8001を使い倒しました。(これは当時の理科の先生にずいぶんと助けられました。)が、高校に入ってからは自分のコンピュータが欲しくてたまらず、当時の憧れだったPC-8801mkII SR とカラーディスプレイ、そしてドットプリンタの3点セットを購入してもらいました。

裕福とはほど遠かった当時の我が家の台所事情を鑑みると、かなりの出費でした。しかも父にとってみればゲーム機のようなおもちゃに見えなくもなかったでしょう。よくも首を縦に振ったものだと思いますが、そのとき私は父に「将来はコンピュータ関係の仕事で身を立てるつもりだから。」と伝えていました。それを父は信じてくれました。

しかし振り返ってみれば、その投資効果は微妙なものでした。BASICとアセンブラを独学するに十分な環境でしたが、大学受験を控えた立場として、それほど使い倒したとはいえませんでした。同時代を生きた凄腕の中高生ハッカーから見れば、私のレベルは可もなく不可もないという程度のものでしょう。その上、大学への進学時期は8bitパソコンから16bitパソコンへの切り替えブームと重なったため、ほどなく私はアルバイトに精を出し、今度は自分でPC9801VX21を購入しました。88は父が心配していたとおり、高いおもちゃになってしまったのです。ごめんなさい...

それでも父は苦笑こそすれ、嫌みを言いませんでした。そしてその父の行為は私の人生に別の意味でインパクトを与えました。16歳の少年が、将来はコンピュータで身を立てたいと言ったとき、それを正面から受け止めて投資を決断した父。これが「自分の思いを理解してもらえた」という自信と、家庭に不釣り合いな投資をさせたことに対する負い目からくる、責任感の両方を芽生えさせるという体験になりました。

ビジネスの醍醐味は、自分の思いを人に伝え、共感してもらい、巻き込んでいくことです。私にとって、最初の成功体験は父からの投資を引き出したことでした。この「信用してもらえた」という喜びと緊張感を以後、私は重ねて経験することになりますが、その原点を父が与えてくれたと思えば、本当に感謝するしかありません。その後に就職先を決めたときも、転職したときも、会社を設立したときも、父はすべて私の判断を支持しました。それがどれほど心強かったか、失ってはじめて気付かされます。

現在、私は進路に悩む年頃の子供をもつ身になりました。娘達の進路相談を受けるとき、彼女が思い描く将来像の危うさ、甘さがどうしても先に見えてしまいます。つい自分の人生経験から、警句を発したくなります。しかし私の両親はそうではありませんでした。頭ごなしに無理だと否定されたことは一度もなく、常に私の気持ちを肯定的にとらえていました。そのように育てられてきたからこそ今の私があるのだから、同じことを娘達にしてあげたいと思います。ただ、これは何でも買って与えるという意図ではありません。家庭の事情から自ずと投資できる金額には上限があります。それでも私には、父は限界ぎりぎりまで私へ投資するという判断をしていたように見えました。その気持ちを汲んで、同じように娘達に接することが父への恩返しになるでしょう。

これは自分の子供だけには限りません。40代も中盤に差し掛かり、人生も折り返しを過ぎようとする年代で、周りには多くの有望な社員そして社外の若人がいます。彼らは自ら成功したいと願い、またそのために自分を磨いている人達です。そのような若人に敬意を払い、彼らの成功のために自分ができることがあれば惜しまないという気持ちもまた芽生えつつあります。自分が受けた恩を次の世代に返す。社会とはこうやって成り立っているのだ、ということを実感できるようになりました。父を亡くして今、父もまた、きっと同じような気持ちで私に接していたのだろうと思うばかりです。

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