政府の「働き方改革」指針と、私が期待する「働き方改革」

このところ「働き方改革」が注目されています。興味深いテーマですので、さった3月28日に首相官邸にアップされた「働き方改革実行計画」を読んでみました。
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/pdf/20170328/01.pdf

この実行計画は

働く人の視点に立って、労働制度の抜本改革を行い、企業文化や風土を変えようとするものである。

ということで、企業文化や風土に踏み込む(べき)ということに同意します。続いて、そのための個別テーマが列挙されており、私は次の3つが柱になっていると理解しました。

1. 「正規」「非正規」という区分をなくしていく。これによって(非正規に属していた方の)モチベーションを向上させ、労働生産性を高めることができる(はず)。
2. 長時間労働をなくしていく。ワークライフバランスが改善し、経営者は「どのように働いてもらうか」に関心をもつため、労働生産性を高めることができる(はず)。
3. 転職が不利にならない柔軟な労働市場や企業慣行を確立する。働く側が自らキャリアを設計できれば、国全体の生産性の向上にもつながる(はず)。

おおむね、この考え方を軸に、今後各種法整備を行うという計画が立案されるようです。これに付随してパワハラ問題や外国人の方にも働きやすい環境整備など、これまで個別に社会問題となっていたテーマも包含していくものとなっています。詳細は直接、このPDFをあたってください。

私が考える、企業文化や風土を変える、ということ

政府の指針はわかりました。ただ、私が期待した「企業文化や風土を変える」は、少し異なるものです。
ここではひとまず「長時間労働の是正」と、「正規・非正規」「転職が不利にならないキャリア設計」はそれぞれ別の問題として考え、労働時間に的を絞ります。
この「長時間労働」問題、残業時間の上限を労使で定める、で解決できるとは思えません。もっと深いところまで踏み込む必要があると考えています。現場では、次のような負のスパイラルがあります。

  • なにか事件が発生して、それが社会問題としてニュースに取り上げられるたびに、企業としてどう対策しているのかが問われ、そのために管理が強化される。つまり書類作成の仕事は増えつづける。
  • 一方で、現場では安易に人を増やすことができない。人件費増加は製品やサービスの価格に転嫁されるため。むしろ人が減っている状態で、仕事だけが増えている。

つまり現場の人が減って仕事が増え続ける中で、長時間労働を削減する議論が行われています。結果として隠れ残業を強いられるなら、まったく解決しないどころか、なお悪化する懸念があります。

そのために IT を活用しよう、というビジネスを立ち上げるのは、どうでしょう?(私もどちらかというとそこに属している立場です。)

例えばこの問題に、流行りつつある RPA (ロボティック・プロセス・オートメーション) を導入するなど、営業テーマとして面白そうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%9C%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%BB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

しかし本質的には、やはり業務プロセスの見直しから逃げてはいけない、と思うのです。具体的には「(その業務の意味はわからないまま)形骸化していること、もしくは痛みを伴うものの、中長期的にはやめることでメリットが生じる業務を、なくしていく」ことです。

すでに社内で惰性のように回しているワークフロー(否認されることがないが、証拠としてワークフローを行なっている)の承認行為を自動化するのではなく、そのワークフローをなくすことはできないでしょうか。機械化できる業務というのが、例えば Excel のコピペ&メール送信作業であれば、実はデータが生成される段階で再利用可能な構造に変えることで、その単純業務自体をなくすことはできないでしょうか。ある特定のお客様向けの対応で、システム化も難しいのであれば、そのお客様と交渉することはできないでしょうか。仮にそのお客様を失ってしまっても、そこで減る売上と、かかっていた作業工数を新規事業に割り当てる可能性を比較すると、どうでしょうか。

このように、私が期待する「企業文化や風土を変える」とは、「ある仕事を増やすなら、既存の仕事を減らす」こととセットで考える文化にすることです。多くの組織で、仕事を増やすことは(上司命令で)できるようにみえますが、減らすことができていません。減らすことによって生じる問題について、誰が責任をとるのか、という指針がないためです。

そうはいっても、この長時間労働問題は、もはや付け焼き刃的な手法では改善されない、ぎりぎりの状態に現場は追い込まれているのではないでしょうか。仕事を減らす、という観点での業務見直しは最初のうちは混乱を招くでしょうが、中長期的にみれば現場活性化のための王道と思います。古い仕事を棚卸しし、新しい仕事に照準を合わせるのは組織全体の活性化に貢献します。

とはいえ、ここまでの私の意見では、仕事を減らすことで生じた問題の責任を誰がとるのか、は触れていません。それこそ経営陣の責務だろうというのは簡単ですが、では経営陣は誰に頭を下げるかというと、お客様です。この問題の根の深さは、誰もが長時間労働はよくないと思いつつ、顧客一人一人が「私だけは特別扱いしてほしい、私だけ損をするのは許せない」という気持ちをもっていることでもあります。振り返って私自身が何かの顧客となったとき、同じような気持ちがあることは認めます。しかしこれが行き過ぎると現場への荷重負担となり、それが長時間労働の根っこになる、ということも自覚しないといけない、と思っています。

つまり、この「仕事を減らす」という取り組みは部署単位や企業単位で行うと同時に、私たち一人一人が(ある製品やサービスの)顧客という立場で、お金を出しているんだからあれもこれもやってほしいというような要求を出すのではなく、顧客とサービス提供者は対等の人間関係である、という関係性に変えていくことが、長時間労働問題の是正につながる土台ではないかということです。

このような、いわば道徳的観念を政府指針で出すことは異質な気もします。現在の政府指針は以前からの議論の集大成のようなので、それを進めることは必要です。ただ、長時間労働については、残業時間の規制を行ったからそれで終わりではないよなぁ、というもやもやとしたものを、この機会に文章化してみました。