SAP2025年問題が投げかけたのは、システムではなく経営哲学そのもの

今、ネットで “SAP 2025年問題” で検索すると多くの意見を読むことができます。いい時代になりました。簡単にいうと「自社向けにカスタマイズしていたERPを、次のバージョンアップのタイミングでどう扱うか?」という問題について、対応期限が2025年までと設定された、ということです。現実問題としてユーザ企業の選択肢は限られています。

  • カスタマイズをやめ、次のバージョンアップではSAPの標準機能に自社業務を合わせる。
  • 次の SAP でも、同じようなカスタマイズを再度、行う。
  • 別の ERP に切り替える。(自社開発という選択もここに含まれる。)

私のこれまでの経験から、多くのユーザー企業の情報システム部で、上のパターンそれぞれの予算ならびに費用対効果の資料を作成しつつ、水面下で複数のSIerと接触し、落とし所を探るというフェーズに入っているのだろうと思います。しかし根本的には、この問題は経営陣が積極的にコミットすべきテーマではないか、というのがこのブログの主旨です。

奇しくも、経済産業のDXレポートでも「2025年までに」というメッセージが発信されていますが、このDXもからめて、これから経営陣が直面するのは「我が社の経営哲学」の再定義ではないかという点について、改めて自身の考えを整理しました。

経営哲学とは

これも簡単にいうと「自分たちの会社はどうあるべきか?」を具体的に示すことですが、ここに「デジタルテクノロジー」と「自社システム」の有りようを絡める必要がある、というのが持論です。(前者の「デジタルテクノロジー」は SoE を、後者の「自社システム」は SoR(基幹系)を指します。)

特に、経営哲学に自社システムの有りようを示す必要があると主張する理由は次のとおりです。

  • 欧米企業では ERP に業務をあわせることが主流と解釈されてきたが、この背景にあるのは従業員の職務分掌が明確であったため。もし日本企業がこの路線を推し進めるなら「組織=自社システム(ERP)」となり、属人性を排除し、従業員の異動がやりやすくなる。これはかねてより指摘されていた「日本企業は従業員の属人性が高い分、改革には現場が抵抗する」問題に切り込むことになる。しかし誰が配属されても一定のパフォーマンスで業務が回ることは、現場の一体感が薄れることと表裏一体ともいえる。どちらにメリットがあると判断するかは経営陣の重大な職務であり、CIOまたは情報システム部に責任を負わせるわけにはいかない。かつ、この方針は今後十数年にわたる企業文化の土台をつくるものになる。
  • ところで、欧米企業は本当に ERP に業務をあわせることに抵抗がないのか。この意見は20年前なら異論はなかった。しかし現代では、デジタルテクノロジーの積極的な導入は小さくて強いチームを生み出すはずで、属人性こそが企業文化となる。一周回って実は日本企業が得意としていた現場主導が見直されるという可能性はないのか。
  • ただしデジタルテクノロジーの適用領域が広がるにつれ、確かに仕事のやり方は変わっていくに違いない。現場主導だが硬直的ではいけない。現場主導かつアジャイルな組織を標榜したとき、それを支える自社システム(基幹系)とはどういうものになるのか。少なくとも現場が前向きに変わろうとしているとき、その足を引っ張るような自社システムでは戦えない。一方で現場の仕事は常に変化するので、素早く修正できる自社システムでないと、やはり戦えない。例えばERPに業務を合わせると決めたとき、現場の動きやすさをどのように担保すればいいのか。

この問いについて、正解はありません。正解のない問いについて答えを探そうという行為そのものは哲学的といえます。ですので経営哲学に裏打ちされた情報システムが求められるのであって、その議論を踏まえずに「もっとも(バージョンアップに対して)影響の少ないアプローチ」や「もっとも低コストで済むアプローチ」を指向することは、本来やるべき議論を先延ばししたということで、自社そのものが漂流することになりかねない、と危惧しています。

では漂流することの何が問題なのか。ここは私自身の勘としか言いようがないのですが、二点あります。

(1) これから社会に出ていく若手人材は、漂流している会社ではなく、何らかの方針を定めて突き進む会社を選ぶのではないか。
(2) お客様自身も漂流している会社より、尖ったメッセージを出す会社から購入するような動機付けを持つのではないか。

もちろん、我が社は基幹システムが原因でデジタルテクノロジーへの対応が遅れていますなどと言うところはありません。それでも、この対応で何らかの先進的なメッセージを出す企業の登場が、相対的に、そうではない多くの既存企業の魅力を下げることにつながります。顧客、採用人材、そして株主も、企業の将来性をはかるうえで「経営哲学」を重視するようになり、具体的には「デジタルテクノロジーへの対応と、変化に強い自社システム」を組織の両輪として重要視しているかが問われるようになる、ということです。この点を経営トップが自らの言葉で説明し、かつ組織としてトップの意思を理解し、真摯に対応する企業は評価されることでしょう。その一方で、これらについてまったく触れない企業は、相対的に評価が下がる時代になるということです。

SAPの話?なら中小企業は関係ない?

むしろ中小企業の方が大変でしょう。このテーマを相談できる人がいないか、とても限られているためです。多くのERPベンダーのカタログを集めて読み比べても、答えは見つかりません。ただ徒らに時間が過ぎるばかりです。

もし私が中小企業の情報システム担当者なら、自社の外に目を向け、さまざまなコミュニティが開催する勉強会でまず情報収集します。そこで登壇する人で、これはと思う人に巡り会えたら、コンサル費を出して相談するようにします。できるだけ複数の人がいいでしょう。あと、無料相談は絶対にしません。無料相談で返ってくるのは、ネットで検索できる程度の一般的な回答になることがわかっているためです。すべての会社には個別の事情があり、その対応策も一つではありません。そこを踏まえた回答を求めるのにコストがかかるのは当然です。そして「何をするか」という超上流の段階で腑に落ちない限り、既存システムに手を入れることはしません。急がば回れ、まずは信頼できる軍師を探すのが近道ではないかと思うのです。