「全社員デジタル人材化」にノーコード・ローコードツールを学ぶことは悪夢か

日経クロステックの人気コラム執筆者である木村氏による興味深い記事を読みました。

「全社員デジタル人材化」でEUCの悪夢再来、やばすぎるDX戦略の成否:日経ビジネス電子版

ツールベンダーの一人として、この記事の結論は一つの案ではあるものの、もっとよい提案ができないか、と物足りなさを感じました。そこで私ならこうする、という代案を示します。

野良アプリ問題の本質は、管理されないデータが分散すること

ノーコード・ローコードツールによって現場が簡単に業務アプリを作成できるということは、それぞれの現場ごとに管理されるデータが増えるということです。いまでさえ似たような状況がExcelによって引き起こされており、それに輪をかけて酷い状況になるなら、悪夢再来といっても過言ではないでしょう。

問題の本質は管理されないデータが分散された状況にあります。

Excelの問題は、その解決がまったくできない、ということです。シートに埋め込まれたデータはあまりにも自由度が高すぎて、整理しようにもしきれません。

もし採用しようとしているノーコード・ローコードツールがExcelと同じように自由度が高く、何でもできるがデータをブラックボックス化するなら私もそのツールの導入に難色を示すでしょう。Excelの亜種にしかみえません。

しかし私が想定しているノーコード・ローコードツールとは、RDBのテーブルという概念をもっているものです。外部キーがあり、複合キーによる設計も可能です。ExcelではなくAccessといえばわかりやすいでしょうか。Accessと異なるのは単体のPCではなくクラウド上で動作し、さらに複数ユーザで利用できることです。

ここで改めて整理しましょう。「全社員デジタル化」とは、特定のノーコード・ローコードツールによるプログラミングスキルをつけることではありません。そうではなく、自社(自部門)が管理するデータを把握することです。データが大事です。アプリケーションの組み方はツールによって異なるスキルなので、二の次です。

IT部門はデータを把握し、アプリケーション開発は現場に任せる

IT部門は、現場が開発したアプリケーションをまったく統制しなくていい、とはなりません。しかし、どの部門がどのツールでどういうアプリケーションを開発し、責任者は誰、という、いわゆる「アプリケーション管理台帳」をつくることで統制した気になってはいけません。もちろん、その台帳はあるに越したことはありませんが、問題の本質を捉えていません。

私からの提案は、現場がアプリケーションを開発できるようになるという「喜び」とともに、そのデータは全社で利用するという「責務」も分かち合う体制を IT 部門がつくることです。

例を出します。2-3ヶ月に一度、各部門がノーコード・ローコードツールで開発したアプリの発表会を行います。発表者が、こういうアプリをつくったと自慢する場です。是非、部門賞やら社長賞を出してください。その発表会の場で、IT部門は各部門がどういうデータをもっているかを把握します。その後に開発者を招集し、このデータはマスタがここにあるので、これを使ってほしいとか、その部門のデータを別の部門でも使えるようにしたいという擦り合わせのための会議をもつ、というストーリーです。

これを何回か繰り返すことで、その組織のDXに現実味が出てきます。

それは Excel ではできないことでしょうか。私はできない、と考えています。次の点が「ポストExcel」的です。

1. アプリは自由に、データは統制。
2. シングルサインオンでユーザ管理。
3. 開発者が変わっても引き継げる体制を。

最後の「3」が Excel の問題そのものです。私が感じるノーコード・ローコードツールの選定ポイントは、作りやすさよりも保守のしやすさです。現場が Excel でつくったアプリは設計情報という形で中身を可視化することができません。それでは開発者の引き継ぎは不可能です。

まとめ

DX戦略とは、データを有効に使うこと、です。そのために今あるデータを把握(見える化)し、信頼できるデータを部門間で連携して使えるようにする仕組みが必要です。ノーコード・ローコードツールが現場に浸透することで、再利用可能なデータこそ重要という意識づけが共有できるなら、DX戦略に寄与すると考えています。あいかわらずデータが分散されるなら、効果が限定的な上、その後のアプリケーション保守問題でノーコード・ローコードツールに恨みさえもつことでしょう。ツールベンダーの一員として、そういう未来は避けたいと願っています。