日本のSIerは"フィックスドプライス"型契約から脱却できるか

日経コンピュータの人気コラム「北川賢一の眼」2012.11.22号では「黒字の米国とインド、赤字の日本」というタイトルで興味深い考察がなされていました。

  • 欧米は「タイム&マテリアル」の契約形態。時間単価による支払い。
  • 日本は「フィックスドプライス」型。契約時にプロジェクト全体の価格を定める。受注側は三回の手戻りで赤字の傾向。

この違いは、そのまま市場構成に影響します。昔、「欧米には、日本のようなSIerはない」という話題があって驚いたのですが、考えてみれば欧米はユーザー企業主体で、足りないものを外部から取り入れるというスタイルのためでしょう。一方、日本のSIerは「(ユーザー企業からの)丸投げ」と「(何かあったときでも)全力で対応」という二枚看板を掲げているため、フィックスドプライスの方がユーザー企業にとって都合がいいという事情がありそうです。

フィックスドプライスはユーザー企業にとって本当に得なのか

記事中でも指摘されていますが、この契約方式はユーザー企業にとって「契約後に仕様を膨らませやすい」内容です。SIerはそれを抑え込もうという力学が働くため、両者はパートナーではなく対立関係になりがちです。このかけひきは往々にしてユーザー企業の意見が通ります。SIerはその赤字を回収するために、保守契約を上げざるをえません。これに不満をもったユーザー企業が次期システム開発で別のSIerを選定して... という残念なサイクルが至るところで見られます。

この現実をみると、フィックスドプライスはユーザー企業にとっても実はデメリットが大きいのです。そもそも、丸投げという行為そのものが自社のコアをブラックボックス化してしまいます。その上、本来はパートナーとして活用すべき人材を短期間で変えていくことで開発ノウハウも残りません。1990年初頭にはじまったオープンシステム化から20年余が経過しました。システムの耐用年数を7年と仮定すると、おおよそ3回ほどの作り直しを経験していることになります。それでいて、ずっと(システムに対する)不満が解消されないのであれば、どこかに根本的な問題があることになります。私はその原因は、ユーザー企業側の「丸投げ体質」にあり、「フィックスドプライス型契約の罠」を断ち切ることが重要だと考えています。

決めるのは、ユーザー企業

SIerは、ユーザー企業の要望に応えたいという気持ちでビジネスモデルを組み立てます。これまでもSIer側から、さまざまな新しい契約形態の提案はなされていますが、いずれも「丸投げ&フィックスドプライス」を超えることはできていないようです。近年だとアジャイル開発が注目されていますが、フィックスドプライスとの相性は良くないと理解しています。

北川氏のコラムにも、この問題の難しさが書き留められています。一部を抜粋します。

自分でまとめるべき要求仕様書までIT企業に "発注" することがある日本企業が自前開発にシフトするのは無理な相談かもしれない。

それでも、自社のニーズに真にあったシステムを手に入れる王道は「自前開発」をおいて他にない、という結論に行き着くことになると私は考えています。「何でもやります。追加金額も不要です。」という、条件の良さそうなSIerを選定し、契約後はあれもこれも呑ませるというスタイルでは、良いシステムは手に入らない。この点を繰り返し唱えることは、業界に身を置く人間の責務であるとさえ感じています。

SIerにとって、フィックスドプライスをやめることは従来のビジネスモデルの解体と再構築につながるため、その変化を受け入れにくいことも理解しています。とはいえ時代の変化を敏感に察知し、新しいモデルへ移行しようとするSIerも存在します。ここでは斉藤昌義氏のブログ「ソリューション営業プロフェッショナル IT営業のための自分力養成講座」から、「内製化支援というパンドラの箱」という記事を紹介します。

今、多くの情報システム部門は、内製化を模索しています。これまでのように、開発を外部に丸投げするのではなく、自分たちでシステム開発を手がけようという動きです。

それは必ずしもコスト抑制のためばかりではありません。自らの存在意義をかけた取り組みです。

SIerの存在は、お客様にとってプラスになることを提案できるかどうか、にかかっています。「丸投げ&フィックスドプライス」はお客様にとってプラスにならない、という思いを共有できるなら、内製化支援というビジネスモデルは十分、選択肢の一つです。これは日本では未開拓の市場であり、かつ有望なフロンティアであると私は確信しています。