パリ白熱教室より:企業は「労働所得格差の拡大」という市場の変化に向き合うことになる

さった1月16日の「パリ白熱教室」は、労働所得格差がテーマでした。
NHK パリ白熱教室

最初に、トマ・ピケティ教授が講義で説明した3つの表を紹介します。(注:日本も欧米と同じ傾向にある、ということです。)

(1) 時代と国別に見た労働所得格差

低格差
1970〜80年代
スカンジナビア
中格差
2010年
ヨーロッパ
高格差
2010年
アメリカ
超高格差
2030年?
アメリカ?
上位層(10%) 20% 25% 35% 45%
最上位1% 5% 7% 12% 17%
上位層のうち
残り9%
15% 18% 23% 28%
中位層(40%) 45% 45% 40% 35%
下位層(50%) 35% 30% 25% 20%

ポイントは、最上位1%層の労働所得です。人間が仕事で産み出す価値(お金)がここまで開くのは過去には例がないのではないでしょうか。また中位層と下位層が近づくということは、中位層が消滅しつつあるということです。

(2) 時代と国別に見た資本所得格差

低格差
前代未聞
理想社会?
中格差
1970〜80年代
スカンジナビア
中高格差
2010年
ヨーロッパ
高格差
2010年
アメリカ
超高格差
1910年
ヨーロッパ
上位層(10%) 30% 50% 60% 70% 90%
最上位1% 10% 20% 25% 35% 50%
上位層のうち
残り9%
20% 30% 35% 35% 40%
中位層(40%) 45% 40% 35% 25% 5%
下位層(50%) 25% 10% 5% 5% 5%

実は人類は資本所得についていえば、100年前に超高格差社会を経験しています。いわゆる貴族社会ですね。世界大戦やその後の大恐慌で、資本所得格差が縮まったというのは皮肉なことです。しかし現在は再び格差が広がっています。

(3) 時代と国別に見た総所得格差(労働所得+資本所得)

低格差
1970〜80年代
スカンジナビア
中格差
2010年
ヨーロッパ
高格差
2010年
アメリカ
1910年ヨーロッパ
超高格差
2030年?
アメリカ?
上位層(10%) 25% 35% 50% 60%
上位層のうち
上位1%
7% 10% 20% 25%
上位層のうち
2〜10%
18% 25% 30% 35%
中位層(40%) 45% 40% 30% 25%
下位層(50%) 35% 25% 20% 15%

労働所得よりも(配当や利子で生きていけるという)資本所得が上回るのが資本階級と理解していましたが、現代社会は労働所得の格差が広がっているため、上位層といっても資本所得が労働所得を上回るのは、さらに上位0.1%〜1%という話がありました。中位層や下位層でも資本取得がゼロということではないのですが、狭いパイを沢山の人数で分け合うという構図が、ますます顕著になるのでしょう。

また講義では、上位層1%をイメージする例えとして、1%とはフランス革命以前の貴族の人口に相当するという紹介がありました。

日本の人口を1.2億とすると、1%は120万人です。東京に人口の10%が集中しているので、東京だけで12万人。この層は給与も高く、さらに資産ももっています。最上の得意様というべき顧客層です。
上位10%の富裕層は日本全体で1200万人。東京だけで120万人。この方々が、日本の総資産の半分をお持ちです。そして今後も、所得と資産の格差は広がっていくというのです。

企業が直面する「経営環境の変化」とは、この格差に一因があるのではないか

私が勝手にイメージしていた、企業の製品・販売は「富裕層向け」「一般向け」という二つの区分でした。そして9割以上が「一般向け」であり、富裕層向けはごく一部の企業が手がけるもの、というものです。しかし、このような前提でビジネスをすると続かないのではないか、ということに気付きました。今頃気付いたのか、と笑われそうですが...

仮に、一般向け(中位層)を対象とした価格戦略をとってきた製品・サービスを考えます。ピケティ教授の数値を日本にあてはめると中位層を自社の主力購買層とみたときのボリュームは40%で、4800万人。しかし資産の比率は全体の30%です。今後、この中位層の資産はますます減少傾向にある、つまり市場(パイ)が小さくなっていきます。上位層から中位層への資産の移転はなく、むしろ中位層は下位層に収斂される傾向にあります。そして日本では、追い打ちをかけるように人口減少があります。ただし人口減少によって上位層から中位層へ資産がシフトする、ということはない、と仮定します。ということは、中位層は人口減と資産減のダブルパンチで加速度的に減っていくのが日本の状況といえます。となると、一般向けというカテゴリは曖昧すぎており、多くの企業で販売層を見直すことになるのでしょう。経営陣のいう "これまでと違う(経営環境の変化)" とは、購買層の変化である、という視点です。

このような変化に対して、経営者にとっての舵取りは4つあると考えています。

  • 現状の縮小する市場(と自社の立ち位置)を守る。売上維持でも利益率が下がるのは必然。
  • 上位層の市場にシフトする。高付加価値を見つけられるかどうかが鍵。
  • 下位層の市場にシフトする。価格競争。
  • 海外市場に出る。

上位層の市場へのシフトで問題になるのは、上位層の人口が少ないにも関わらず富が集中していることです。高付加価値の製品やサービスを売る数そのものに限界があるということは、大量生産に向きません。さりとて中位層向けのビジネスモデルとしていた大量生産は、その層そのものが減少することで、やはり成立しません。結局、大量生産指向なら価格競争から免れません。

さらに日本では資産の多くは高齢者がもっているという話もあります。それらを総合すると、すべてのことを見直さないといけなくなりそうです。

  • 顧客層を変える。(管理する顧客の属性も変わる)
  • 販売する製品やサービスも変える。
  • 販売方法も変える。

この変化のスピードは、ますます早まる傾向にあります。これを後押しするのが技術革新、特にITです。新春のNHKスペシャル「NEXT WORLD」の内容に抵抗感を感じた人もいるでしょう。私たちは直線的なスピードは想像できますが、幾何級数的な加速は想像することが難しいのです。とはいえ、思考停止するわけにもいきません。

変化のスピードを味方につけることはできる

少なくとも経営的視点では、そのスピードを味方につけて波を乗りこなせるのかどうか、ということが大きな関心事です。

そして情報システム部は、先が読めずに、仕様もどんどん変わっていくという市場で、変化に合わせてエンタープライズアプリケーションを改善し続けるのだ、という覚悟をもつことが求められます。これは現在のパッケージソフト(ERP含む)では難しいテーマです。

パッケージソフトの選択では「現在の自社業務とのマッチ度」を注視しているはずです。しかし経営環境の変化で求められているのは、少し先の未来に対応できるように準備することです。パッケージソフトは現時点の最適解かも知れませんが、時間軸でみた場合、採用直後から少しずつ「ずれ」が生じます。その「ずれ」が拡大していったとき、競合他社との差が広がるというリスクがあるのですが、問題は「ずれ」の広がるスピードがこれまでよりもいっそう、短くなっていることです。

パッケージソフトベースでは、カスタマイズ費を投入し続けるしかありません。そのコスト負担が無視できないほど大きいため、多くの企業が悩んでいます。私は現行方式では、カスタマイズするほどに費用対効果は落ちていく(つまりお金をかけた分の満足度は低下し続けることになる)と考えています。

これを解決するための私のアイデアは「自社でデータモデラーを育成し、データモデルからアプリケーションの自動生成技術を使って内製化を達成する」というものです。パッケージソフト指向から、内製化指向へと体制を刷新すると何が変わるのでしょうか。

このデータモデルを経営環境にあわせて常に磨いていく、進化させていくことが内製化を軸とする IT 経営の本質です。内製化とは、経営環境の「ずれ」を迅速に修正する体制をつくるということです。(体制の作り方は企業によって異なりますが、全員がプログラマになる必要はありません。)

さらにコスト面でも、内製化と自動生成技術の組み合わせは(自動生成技術のバージョンアップという恩恵から)カスタマイズ費の上限は抑えられ、費用対効果が青天井になることを避けやすい、というメリットがあります。自動化技術による超高速開発の達成は、モデリングがうまくできたときの、ご褒美になります。

"守りのITから攻めのITへ" というフレーズをよく耳にしますが、私は企業経営者に、内製化の体制をつくることが攻めのITの土台になると説明するようにしています。

まとめ

講義で述べられていた「労働所得格差の拡大」の是非はさておき、変化のスピードはますます加速する、ということはこれからの経営者にとって意識せざるをえない現象です。そして情報システム部は、自らがエンタープライズアプリケーションの運用コスト削減と、変化対応という二面性を両立させる提案を経営陣に行えるかどうかが求められています。これは考えようによっては、とても面白い話です。システムエンジニアの本領発揮です。

2015年がはじまったばかりですが、いきなりエンタープライズアプリケーションが大きく変わる予兆をいろいろと感じ取っています。その最先端で何が起こるのか、引き続きアンテナをはっていこうと思います。