グリップできている感、の正体

1ヶ月間のオンラインイベントとして開催した第九回目の Wagby Developer Day も、12月24日で終了します。

Wagby Developer Day 2021

閲覧いただいた皆様、ありがとうございました。セッションに対するコメントも多くいただき、嬉しく思います。来年は会場(オフライン)で実施できる社会になっていることを願っています。

あらためて、今回の特別講演を依頼した羽生 章洋 さんの "ライトウェイト・エンタープライズへの道~現場主導型DXのススメ~" について、私の感想を書いておきます。12月24日以降にこの記事を読んで「あー、見たかった!」と思った方は、私に連絡ください。

ライトウェイト・エンタープライズ、とは何か

いきなり講演資料の最終資料を拝借します。この1枚にいろいろなことが凝縮されています。

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ライトウェイト・エンタープライズへの道〜現場主導型DXのススメ〜 講演資料 p.19

業務アプリケーションで「シンプル」「軽快」「わかりやすい」「すっきり」「お手軽」「すばやい」「アクティブ」「楽しい」というキーワードは馴染まないのではないか、と思われる方がいたとしたら、それは誤解です。

羽生さん(と私)は、ある業務アプリケーションに閉じた話をしているのではなく、組織を支えるシステム全体の話をしています。21世紀のシステムは、そこに関わる人が最大のパフォーマンスを出せるように工夫されているべきです。しかし現実には、システムの都合によって人が荷重な負担を強いられていることが多いのです。

システムは複数の業務アプリケーションから構成されますが、まず運用されている業務アプリケーションの数が多すぎます。これに輪をかけて話を複雑にしているのは、これがサイロ化(個々の部署で完結するものの連携がとれない状態)を引き起こしていることです。つまり同じようなデータを複数の業務アプリケーションに二重、三重に入力したり、取り出して自分のExcelで加工したりという作業が日常茶飯事になっています。このような状態から脱却しない限り、企業の生産性向上も、DXも絵に描いた餅だということは、はっきりしています。

別の例を示します。私が引っ越しをすることになったとします。自治体に住所変更届を出すだけで、あとは行政システムが内部連携して年金や介護、保険、児童手当などの手続きが終わるとどんなに楽だろうと思わずにはいられません。さらにインフラ企業と連携して電気、ガス、水道、電話、銀行、保険、その他一切が適切に変わってもらえるとありがたいです。実際にはこれらすべてのサービスに対してすべて個別に対応することになりますので、引っ越し一つとっても膨大な事務作業を個人で対応せざるをえません。なんとも馬鹿らしく、無駄なコストでしょうか。

実際のところ、この相似形が、ほとんどの企業で起こっています。「日本の行政はワンストップになっていないので、とても面倒だ!」と偉そうに指摘するのは正論なのですが、足元の自社システムも大差ないと。この事実に苦笑しながら、日本全体で生産性の低さに甘んじてきたわけですが、それが20年以上も続いています。行政も民間も、このままでは後進国・日本になるという現状を認識しましょう。その上で、もういい加減にしよう、と声をあげてもいいはずです。

グリップ(しっかり把握できてる)感!を目指す

資料にもありますが、そのためには「情報の一元化と共有」を避けてとおることはできません。突き詰めると「そのような状態になっていない現状がカオスの根本原因」です。

具体的には、統合データベースを目指すことです。データベースの設計はプロにお願いする、つまり外注でも構いません。しかし自分たちが扱う情報はどこからきて、どこへいくのか、それは何のためにあるのか、を最終的に把握する = 腹落ちした状態に至る、のはユーザ自身でなくてはなりません。これがグリップ感の正体であろう、というのが私の解釈です。

もっとも大切なのは、統合データベースの設計と、維持です。エントロピー増大の法則はここにも容赦なく襲いかかってきます。気を抜くとすぐに「一元化されないデータ」「共有しにくいデータ」で溢れてしまうのです。これに立ち向かうには、国語辞書の編纂に匹敵する気遣いと、粘り強さが求められると考えています。難しい領域だからこそ、経営陣がその重要性を認め、高給で優遇できる体制を整えることです。

ビジョン(未来図)を描くのはそのあとでも遅くない

実現不可能なビジョンを持ち込んで現場をしらけさせるのではなく、統合データベースという実体を整備して、誰にでもメリットのあるシステム基盤をつくったあとで、あらためてビジョンを描くというストーリーでもよいと思います。急がば回れ、の気持ちをもって、なにごとも基礎固めから、です。

一見、地味だがやるべきことを着実に進め、気がついたら誰も到達できないところにきた、というストーリーは応援したくなります。このようなプロジェクトに関わるメンバーは、自分たちの成果が多くの方の「シンプルで、楽しい」につながるはず、という想いを胸に頑張れると思うのです。そしてその想いと成果を経営陣が受け取り、自社のビジョンを描くというのが、日本的DXの進め方として受け入れられそうです。