闘う基幹系

「うちの社長はシステムに関わろうとしない」

という台詞をこれまで何度も聞く機会がありました。ここでいうシステムとはいわゆる基幹系、エンタープライズアプリケーションという分野を指します。

そのときの私の立場はSIベンダーで、ユーザー企業の現場担当と一緒になって社長を口説き落とし、システム投資を決断してもらうという、いわば営業面からの関わりです。

当初、私はシステムの複雑性(主にデータ同士の関連や、業務処理の複雑度)を社長が理解しようとしないのだろうと解釈し、文章ではなく図を使った表記法を使うことやプレゼンテーション技術の向上によってシステムの重要性をアピールするという方法を考えました。

それが功を奏したこともありましたが、案外、そうでもない。次に思い当たったのは、システムを利用する担当者による抵抗が強く、社長がそれを説得するのを面倒がっている、という構図でした。しかし導入することでの効果もあります。非効率な事務作業とヒューマンエラーが減ることで改善につながり、さまざまな数値も見える化できます。あとは社長の決断一つです。それで社長のコメントを求めたところ、「投資対効果が明確でない。」というご返事とのこと。まともに受け取るにはアバウトすぎるコメントであり、つまりシステムの話には積極的に関わる気になれない、ということだと解釈しました。

さて、ここからが難しいです。「現在のITはここまでできる。」「他社にはこういう事例がある。」「コンサルタントを導入して現場と一緒に業務改善が必要だという意識を醸成していく。」「財務上の数字ではなく、リアルな数字を把握すれば原価管理につながり、組織の効率的な運営を図ることができる。」... 多くのアピールを行ってきましたが、勝率は決して誇れるものではありません。"投資対効果" という壁を超えることができたのは、わずかでした。私自身はあくまで外部の人間ですので、最後はシステム導入または刷新を図りたい現場の担当者の社内政治力によるところが大きいのですが、それでも冒頭の迷台詞が示す、壁の高さを実感してきました。

ところで私自身も社長という立場で活動しています。では仮に他社SIerまたは現場から、システム導入を求められたときはどう振る舞うでしょうか。当然、これまで提案する立場にいたわけですから、その苦労を知れば、導入に前向きになるだろうといえば、案外、そうでもないのです。数万円のソフト購入を人数分だけ購入するというのは必要性も理解できるので同意しやすいです。しかしシステム導入に数百万、数千万となると、やはり心理的にブレーキがかかります。自分の決断を迷わせるものは何か。それはもちろんコストです。このシステムを導入すれば、売上が上がってコストは回収できるのか。ああ、これが他の社長さんがさんざん言ってきた "トウシタイコウカ" というものか。

よく考えてみれば簡単なことでした。なぜ銀行が第N次オンラインシステムという名目で巨額の開発費を投入し続けることが可能だったのか。それは十何年をかけて利用者から「利用料」という形で開発費を回収できたからです。世にいう「投資」とは、必要だから支払うというものではありません。投資した分を超える売り上げ・利益が見込めると判断したから社長が決断できたのです。例えば今、1億円のお金がかかっても将来、10億円の売上が見込めれば、投資の理由が成り立つのです。これはシステムだけではなく、マーケティング、新商品企画、さまざまな分野で共通する話です。

社長という立場が積極的に関わろうとするのは、儲け話だけ、といっても言い過ぎではないかも知れません。その嗅覚こそが社長に求められる最大の資質でもあります。そういう立場の人に「このシステムは御社にとって必要なコストです。」と解釈されてしまうと、必要というならできるだけコストの安いところに発注する、という動機付けが働くのは道理です。システムを提案する側はこの点を突破できず、業界全体として低コスト化に目を向けました。しかし、「システム投資額は回収できる」というシナリオを練ることができれば、社長はコスト一辺倒とは別に、聞く耳をもってくれるということです。

もともと基幹系システムというのは企業の屋台骨を支える裏方という役割が強く、稼ぐということからは遠い立場でした。それを基幹系そのものが稼ぐこと、つまりお客様からお金をいただける武器として使うように発想を変えてみよう、というのが本日のブログの主旨です。表題「闘う基幹系」というのは、そういう意図で命名しました。

ちなみに現在でも基幹系の利用料を部門または子会社からいただくような仕組みはあります。本社としては「システム利用料による開発コストの回収」と解釈していますが、徴収される側からは「使いにくいシステムにお金を払い続けているが立場上、仕方がない」ということになりやすく、組織全体として基幹系で稼ぐという構図にはなっていない、という前提で話を進めます。

闘う基幹系の具体的なイメージ

私が持つイメージは、その基幹系をお客様に「開放」することです。お客様が直接、インターネット経由で御社の基幹系に入ってくる。これが闘う基幹系であり、旧来型のシステムとも、ERPとも異なる、新しい形になるのではないか、というものです。

例をあげてみます。ある中堅の製造メーカーは、お客様からの個別依頼を受けて試作品をつくります。試作品は3Dプリンタなどの機械が行うため当然、同じ機械をもった同業他社が存在し、営業面でも差別化に苦労しています。製造担当者は試作品のための設計情報や、試行錯誤した点などもシステムに入力します。これまでは試作品の完成にあわせて報告書とともに納品していたのですが、途中経過の状況をお客様からたびたび求められることがありました。営業が状況を確認し、電話やメールなどで説明していたのですが、お客様にとっては不満でした。以上はすべて想像なのですが、ひとまずそのような会社を支える基幹システムが存在したとします。

私がお客様の立場なら、同社の基幹システムに直接ログオンし、自分が発注した現在の業務の進捗を知りたいと思います。また過去の発注状況も調べられるとよいです。同じ会社の別部署からの発注は、詳細は見えなくとも、少なくとも記録としてあった、ということがわかるとよいです。わざわざ営業経由で調べてもらうのはお互いにとって非効率だと感じるためです。そしてこれが重要なのですが、そのために同社基幹システムへの利用料が加算されたり、または利用料という名目ではないものの、同業他社に比較して多少価格が高くても、この会社への発注を継続する動機付けになる、と感じるということです。リアルタイムに情報が入手できるのは安心ですし、信頼感が高まるためです。

これを中堅製造メーカーの視点でみると、確かに従業員にとっては社内状況が透明化されることでプレッシャーは高まることでしょう。しかし顧客との直接対話が高まることや、営業の仕事の仕方が変わるなど、メリットも大きいはずです。そして何よりも社長は、この話に商機を見出します。システムがコストではなく、商材に一変するためです。社長が期待する「投資対効果」も説明しやすいです。

その実現の最大の障害になりそうなのが、旧システムを保守していたスタッフです。おそらく、そのようなシステムは読み取り専用として新規に開発し、夜間バッチでデータを提供するという方式で、旧システムとの分離が提案されると思います。結論からいうと、その分離システムは無駄な投資で終わる可能性が高いです。なぜなら同業他社のうち一社でも基幹システムの開放を実現した途端、時間差のあるバッチデータ提供型は営業戦略上、優位性がありません。顧客が真に求めているものは、その会社が基幹系で管理するリアルな情報(の一部)を顧客側に見せてもよい、という自信と覚悟だからです。分離システムによる運用は、そのいずれも弱いということが直感的に見透かされます。

まとめ

現在の基幹システムは20年いや30年以上も前に開発したものを使い続けているという話は珍しくありません。再構築のためのコンセプトもなく、もちろん社長は追加コストをかける気もありません。しかしそれらの根っこは同じで、基幹システムが直接、日銭を稼ぐという発想ではなかったためです。インターネット時代、B2Cの分野では顧客(消費者)と会社はインターネットを介した直接取引やSNSによるマーケティングが定着しつつあります。その流れがB2Bにも波及するのは必然です。そこで私の提案は「新しい基幹システムは日銭を稼ぐ、というコンセプトで再デザインすること」です。それによってクラウドという技術はコンピューティングに関わる運営コストを見直すという立ち位置から、新基幹システムの必須インフラへと格上げされます。(閉じた環境ではお客様のログオンができません。サーバをインターネット側に置くことが必須要件になります。)Web系技術者が基幹システム開発に関わる機会が増える一方で、Web系の技術は基幹システムと関係ないとしていた線引きは消えることになります。(例えば社内アプリはIE8限定、といったルールも同時に消え去ります。)

これが「闘う基幹系」のコンセプトです。本当にそのような基幹システムが登場するのかと訝しむ人もいらっしゃると思いますが、この話を私がお付き合いする取引先の社長に振ったところ、目の色が変わったことを末尾に付記しておきます。よろしければこのブログを読んだ方もお試しください。社長とは儲かる話が好きで、コストの話からは逃げる、そういうものだと思ってアピールするのが良いようです。