"こんまりメソッド" を契機に、業務の棚卸について改めて考える

NHKスペシャル「密着ドキュメント 片づけ 人生をやりなおす人々」は、私の予想をいい意味で裏切るものでした。
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20190414_2

まったく予備知識がなかったので、最初は “こんまりメソッド” の説明、つまりテクニック的な紹介がなされるものだと思っていました。ところが番組内容は、掃除や片付けを通した ”人生の棚卸し” について切り込むものでした。そうか、古いものを捨てられないというのは、棚卸しすべきときにしなかった(できなかった)ということなのか、と改めて考えさせられました。

これは私の仕事のテーマである、"日本企業は基幹システムの刷新が苦手"、ということと、いくらか結びついているように感じました。ちょっと強引かも知れませんが、番組を観た後の感想として、この切り口で書いてみます。

業務の棚卸

基幹システムは、いわずもがな業務ルールの集合体です。その品質や量は企業の業態、存続年数、社員数、取引先数、売上規模といったさまざまな要因によって変わりますが、すべてのルールには、何らかの存在理由があります。何かのアウトプットを出すために、インプットのルールがあるわけです。この説明に異論はないと思いますが、ここで一つ問題を提起します。それらのルールの存在理由の先にあるものは何か、ということです。

私の解釈では、すべてのルールの存在理由は、その企業が目指す方向性、つまりその企業の(社会での)存在理由と紐づいています。そしてそれは毎年の売上目標や利益目標ではありません。(売上を追い求めるのは企業として自明であり、それ自体を企業の目的とするべきではありません。)そして企業の存在理由とは唯一、その企業のお客様(利用者)に価値を提供すること、です。価値の考え方はさまざまですが、例えばお客様自身ではできないことを提供する、お客様自身でできるように支援する、お客様によい体験を提供するといったことがあげられます。

デジタルトランスフォーメーション(DX)時代の特徴は、ITが広く一般社会に浸透し、かつその性能が加速度的に向上している中で、「お客様が欲する価値」の形が常に変わっていることでしょう。人間は新しい価値に触れると最初は感動しますが、そのうちそれが当たり前になります。価値を提供する企業は常に自社が提供する価値自身の向上を図ることが求められますが、DX時代とはその価値向上にITをいかにうまく使うか、という視点を取り入れること、ともいえます。

提供するサービスすなわち(お客様にとっての)価値が変われば、それに紐づく社内のルールもまた変わるのは必然です。DXの推進を情報システム部の視点で解釈するならば、価値の変化を前提として、変化するルールを受け入れることのできる基幹系をもとう、ということになります。正しいルールを最初から決めるのではなく、ルールは常に変化するものと捉えようという、ある意味では発想の転換になります。

ところが多くの企業では、そもそも現存するルールがなぜそうなっているのか、を考えることを放棄しているようにみえます。そのルールありきで業務改革するとなると、人間の単純ワークをロボットに代行させる RPA というツールが有効に思えます。しかしそのルールを遂行する目的はなにかを考えないと、もしかすると無駄なことをせっせとやっているのかも知れません。現存するルールの存在理由を明らかにすることを、ここでは "業務の棚卸” と呼んでみます。多くの人が直感するように、これには時間がかかります。しかし時間がかかるからといって先延ばしするとどうなるか、を想像してみるヒントが、この番組にありました。

業務ルールの棚卸と、こんまりメソッド

この番組で、私は片付け前の部屋中に散りばめられた品物の量に圧倒されました。この部屋の状態をそのままにして、その(大量の品物の山から)必要なものを効率的に取り出すのが RPA です。確かに片付けをする必要がないので、一時的な効果はあります。しかし何らかの理由で部屋にあった品物の位置が微妙に変わっただけでも RPA は困ってしまいます。いやいや多少の品物の配置変更にも耐えられるように RPA を進化させようというアプローチもあるでしょうが、やはり私としては、その前にちゃんと片付けしようよ、と言いたいわけです。すると多くの人は、「誰でも簡単に片付けできる魔法のメソッド」を探し求めます。"こんまりメソッド” はその解の一つと思っていましたが、実際には「なぜその品物に執着するのか」を自分で考えさせる、つまり品物を通して自分自身の過去、現在、そして未来はどうありたいかを考えてもらうことが本質でした。

ということは企業の業務ルールの棚卸も同じ理屈になりそうです。そのルールは、最終的にお客様のどのような付加価値と紐づいているのかを考え、場合によっては断捨離するという覚悟が求められます。"こんまりメソッド” における断捨離のポイントは、未来の自分がその品物をわくわくして使っていることを想像できるか、でした。業務ルールにおいては、未来の自社が、その業務ルールによって成立したサービスによってお客様をわくわくさせ続けられるか、でしょうか。

このような視点で自社の業務ルールを把握するためには、やはり一定の素養と訓練が必要と思います。"こんまりメソッド” を伝える人たちは、さながら人生のカウンセラーのようでした。基幹システムにおいては、上流設計者はそのような視点でお客様と接すると良いのかも知れませんが、現実にはそうなっていません。その最大の理由は、お客様自身が、そのような必要性を認識されていないから、というのが私の考えです。認識していないが故に、悲しいことに現行システムの仕様と同じという呪いをかけられた新システム開発プロジェクトが今日もどこかで企画されているのです。つまり DX 時代の入り口である現在は、業務の棚卸がなぜ必要かを、経営層にわかりやすい言葉で丁寧に、真摯に説明できるカウンセラーのようなエンジニアが求められているのではないか、という説に至ります。

いまどき業務棚卸を提案するような人は、希少ですから。

繰り返しになりますが、業務の棚卸には時間がかかります。しかし避けてとおることはできないテーマです。経営陣には是非とも DX 時代を「最新のITをとりいれた新しいサービスの提供」という表層的な捉え方でなく、「お客様のニーズの変化に柔軟な組織体制」の構築が鍵になるというように解釈していただければと願っています。それは結果として現在の業務ルールの見直し、組織体制の見直し、ひいては自社の存在理由の再定義というレベルまで話が大きくなっていくかも知れません。ところが今の時代、そこまで踏み込んでくるエンジニア(前述したカウンセラーのような方)にお目にかかる機会はめっぽう少なくなりました。それゆえに、丁寧に、真摯に、しかしぶれることなく御社の業務の棚卸の必要性を説くような方が自社や他社を問わずまわりにいらっしゃるのでしたら、それは本当に僥倖です。国内ではもはやそのような方は希少種であることをご理解いただき、是非ともその方を手放さず、いっしょに業務棚卸に踏み出すことをお勧めします。やや膨らませすぎた感もありますが、そういうことを考えさせられる番組でした。