SAPの成功と、日本型モデルとしてのWagbyの可能性

日経XTECHの木村氏の記事で、興味深い論文を知りました。

SAPがドイツで誕生した謎、無知な日本人が気付かない真実 | 日経 xTECH(クロステック)

この記事で紹介された元ネタがこちらです。

SAPの成功:ドイツの制度環境からの一考察
https://www.ipa.go.jp/files/000068596.pdf

本論文の冒頭を抜粋します。

アメリカ企業の独壇場である汎用ソフトウェア市場でなぜドイツの SAP が統合基幹業務システム(ERP)におけ る世界首位の地位を築くことができたのだろうか。本稿においては ERP の商品特性とドイツの教育訓練制度や企 業間コーディネーションなど制度的特徴との関連からその答えを導く。

SAP社は1972年創業とのことですので、ほぼ50年の歴史を持った企業なんですね。ドイツ国内で広まったのが1990年代とあるので20年かかっており、日本で大ブレイクしたのが2000年前後ですから、海外展開の成功までに30年を要したといえます。見方を変えると、自社アーキテクチャを30年以上、育成し続けてきたわけです。

また本論文ではドイツ特有の事情として「株主重視の傾向が強まった時期を経て、企業は洗練された統合システムを活用した効率経営が重視された」「ドイツ被用者の賃金や給与体型は、企業を超えた産業・業種ごとに参考となる職務等級や報酬テーブルがある」「そのため各社の制度や業務フローが標準化されやすく、統合基幹業務システムが受け入れられる素地があった」ことが紹介されています。その一方で日本企業は「低い雇用流動性と企業特殊技能の組み合わせスタイルにより、汎用性のない企業独自のソフトウェア開発とその利用を助長」してきたとあり、なるほどと思うばかりです。

他にも教育制度の紹介なども面白かったので、詳細は是非、同論文をお読みください。

では日本もこれからさらにグローバル化の波に洗われ、ドイツ型に近づくのか、かどうかはわかりません。ただ、日本方式はずばり「汎用性のない企業独自のソフトウェア開発とその利用」を追求してきたということはわかります。その良し悪しはさておき、この日本方式が曲がり角にきていることは事実でしょう。コスト低減、納期短縮、品質向上という3点セットを「一品モノ開発」で成功させるのは桁違いの困難さが伴います。これまでよく日本のSIerはやってきたのだと思いますが、そのしわ寄せが業務アプリケーション開発分野のブラック化という負の側面を生み出しました。実現性の乏しい高い目標を掲げて開発現場が疲弊し、結果的に業界全体が競争力を失って沈没する… この話、どこかで聞いたことあるな、そうか、先の敗戦と構図がそっくりだ、と気づくと、我々は何を学習したのかとがっかりしてしまいます。

「汎用性のない企業独自のソフトウェア開発」であったとしても、そこから何らかの「パターン」を見つけ、そのパターンの組み合わせで(一見、汎用性のない)ソフトウェア開発を実現できないか、というのが Wagby 開発の出発点でした。同じように考えたエンジニアは少なくないはずです。日本方式はむしろ厳しい環境ですから、そこから登場する、SAPとは異なる視点をもったパッケージソフトウェアがあってもいい。その一つが Wagby である、と自負しています。つまり「汎用性のない企業独自のソフトウェア開発を、効率的に実現するためのプラットフォーム」です。矛盾した要求である「一品モノを低コスト、短納期、高品質で開発する」ためには「徹底的に効率化されたプラットフォーム」が必要不可欠です。

これをもう少し進めると、そのようなプラットフォームを使って開発された業務アプリケーションは、各企業毎にカスタマイズしやすい特徴をもつことになります。この思想は業務そのものが標準化されたドイツでは受け入れられないのでしょう。そこで見えてくる方向性は、次のふた通りです。

  • (a) 日本をドイツ方式に変える。企業の枠を超えた業務標準化を推し進めれば、SAP方式を受け入れやすい。
  • (b) 日本方式を徹底追及し、これを受け入れる他国を探す。つまり「汎用性のない企業独自のソフトウェア開発を、効率的に実現するためのプラットフォーム」を使ったSIの輸出を目指す。

どちらも一長一短あります。ちなみに私は (b) の未来を想定して Wagby を世に出しましたが、(a) のメリットもわかります。しかし現状は (a) でも (b) でもなく、相変わらず開発現場が疲弊するSE哀史が続いています。このままでは敗戦確定ですので、いずれかの方向になることを願っています。