ローコード革命、に慌てることは何もない

日経コンピュータ2020年7月23日の特集記事「ローコード革命」を読みました。ユーザー主導で開発した7社の活用事例と、これに対応しようとする SIer という両分野についての最新動向がよくまとまっていました。Wagby もしっかり取り上げられていて、安堵しました。取材にご協力をいただいた積水化学工業様ならびに、開発支援に携わったソフトウェア・パートナー様に感謝します。
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振り返ると日経コンピュータは過去3回、この分野の特集記事を出しています。そのいずれにも Wagby は紹介されてきました。

日経コンピュータ2012年3月15日特集記事「超高速開発が日本を救う」
yoshinorinie.hatenablog.com


日経コンピュータ2015年10月1日特集記事「広がる超高速開発」
yoshinorinie.hatenablog.com


そして今回の特集記事で紹介されたツールは大手海外製品が4種類、国内が3種類。国内もSCSK、キヤノンITソリューションズといった大手ですので、その中で堂々と実績を出せたことは誇らしいです。

さらに思い返せば、2012年の特集記事をきっかけにして翌年、超高速開発コミュニティ(現・ローコード開発コミュニティ)が設立されました。それから8年、ようやく「ローコード開発」はマイノリティからメジャーに変わろうとしています。このタイミングで改めて、感じていることを書きます。

海外の動向と、国内への影響

日本の IT 産業の特徴の一つは、マイクロソフトやアマゾン、グーグルといった海外製品が普及してはじめて市場が確立することです。今回の日経コンピュータ記事でも、これらの海外大手が2016年から相次いでローコード開発ツールを市場に投入していることが、普及を後押ししていると分析しています。

この流れについて、私はあえて踏み込みません。「これだから日本の産業構造は...」「海外と国産の違いは...」といった議論は別の方に任せます。現実問題として、海外大手のツールが市場の大半を抑えるであろうことを前提に、その差別化戦略を練らなければなりません。

そこで重要となる前提条件があります。本記事にさらっと書かれていますが、

米ガートナーは2024年までに世界のアプリ開発の65%以上がローコードで開発され、大企業の75%が少なくとも4種類のローコード開発ツールを扱うとみる。

という予測です。これに私の経験を加味すると、国内の普及は「海外ツールの日本語化」と「国内大手SIerがこれらのツールを担ぐという環境整備」を経て、欧米から1-2年の遅れで大企業から本格的な普及がはじまります。

ところで私の予想では(意外と思われるかも知れませんが)日本におけるローコード革命の立役者は政府機関になる、というものです。この業界に関わる人は誰もが知っている不都合な真実の一つに、政府機関のシステム開発と運用費は桁違いに高価である、ということがあります。しかし昨今、政府は民間出身者をITのアドバイザとして(身内として)契約することに積極的です。アンテナ感度の高い彼らが、ローコード開発に目をつけないはずがありません。採用が本格化すれば、ざっくりですがコストは少なくとも3分の1、案件によっては2分の1を削減できるとみています。

さらに地方公共団体のシステムは(現在、地方の銀行がシステムの共同化を図っているように)統合されていく可能性が高いです。理由はもちろんコスト削減です。

これが引き起こすのは、おそらくSIerにとって利益率が高かったであろう公共案件の激減です。これをきっかけに国内SIerも本気でローコードに取り組み始めるのではないか。この仮説はおそらく今後2-3年で明らかになってくると思います。

慌てることは何もない - ユーザー企業の場合

ユーザー企業にとって「ローコード革命」は、他社をみならって我が社も… という事案にはなりません。AIやRPAはブームと呼んでよいほどの熱狂がありました。しかしローコードは、あくまでも水面下で静かに、自社のペースにのっとって進行します。

別の言い方をすれば、慌てて採用しても目に見える成果はすぐには出ない、ということです。

ローコード革命は筋力トレーニングに似ています。毎日少しずつ続けることの積み重ねで、高みに到達するのです。サボれば急に落ちますし、始める人とそうでない人の差は開く一方です。そういうものだと受け止めて、自社の計画を立案されるとよいと思います。

慌てることは何もない - SIer の場合

国内大手 SIer にとって、マイクロソフト、アマゾン、グーグル、オラクルといった海外大手ベンダーが投入するローコード開発を無視することはできないでしょう。これら日本法人のマーケティング戦略に乗る形で、我も我もと取引先になるはずです。

そのあとはどうなるのでしょう。これもある程度、予想できます。

ローコード革命の進行によって、業務アプリケーションは今後、クラウド上にベンダーが提供するプラットフォームで稼働します。ユーザ自身による(部分的もしくは包括的な)内製は受託開発のボリュームをじわじわと下げ続けます。運用は各プラットフォームで自動化が推進されるため、運用要員の派遣という業務自体がなくなります。プラットフォーム利用料のマージンは入るものの、量が出なければまとまった売上にはなりません。

つまり独自の受託開発から、海外ツールベンダーの大手販売店という位置づけにシフトするということです。SI の売上、人員構成は変わるでしょうが、仕事がなくなることはありません。ただ、経営的には妥当な判断といえるかもしれませんが、これでいいのか、これしかないのか、という一抹の疑問は残るかもしれません。この「革命の主導権をとらないまま、流れに乗るしかなかったのか?」という残念感については、このあとにもう少し書きます。

第三の道

ここまで記したことは私が2006年にWagbyを市場投入したときに営業先で説明した内容と、ほぼ変わっていません。目新しさも特色もない内容で申し訳ないので、ここで、あえて第三の道について触れます。

それは「自社のローコード開発ツールを持つ」ことです。ユーザーであってもSIerであってもかまいません。

これまで Wagby をビジネスとしてやってきた経験から、大手のツールといっても当然、制約はあります。日本法人を通して改善要望を出すわけですが、これまでも「日本からの要望は特殊、かつ、細かすぎる」として実装が見送られることは少なくないと感じてきました。
ツールそのものを改造できない以上、その制約を回避するノウハウが蓄積されるわけですが、これは本質ではありません。

自社のツールであれば、自社の社風、文化を反映させることができます。誰にとっても重要とはいいませんが、その担保がほしい、というニーズはあり続けることでしょう。

現時点で、そのような発想で自社ツールを開発・育成したユーザー、SIerは(ゼロではありませんが)ほとんどありません。しかし、そういう時代がくるかもしれないと見越して、独自に作り続けてきたベンチャー的なツールがいくつか存在します。ローコード開発コミュニティでは、そのような独自性のあるツールがいくつも登録されています。当社もその一つといえます。

これらのツールベンダーと個別提携するというのが、第三の道です。一般的なライセンス販売契約ではありません。例えば「あるユーザー企業もしくはSIerが無制限に利用でき、かつ、出される要望に対して優先的に対応してほしい。代わりに年間 xx 円の包括契約をする」というアプローチが考えられます。長期的にみれば、小さなツールベンダーを子会社化することも選択肢の一つです。この手のツールは一度採用すると10年は使うものですので、子会社化した方が安いという判断はありえます。

ローコード革命はこの業界すべての関係者にとって不可避であり、かつ、プラットフォーム提供型は新しいベンダーロックインを伴います。冒頭のガートナー社の予想が正しければ、ある程度の規模の組織は複数のローコード開発ツール(プラットフォーム)を使います。そのような状況下における選択肢の一つとして、自社がコントロールしやすい形でツールを保持する、ということは突拍子もないアイデアとは思いません。

これがワープロやグループウェアといった汎用パッケージの部類であれば、そこまで自社仕様にこだわることはなかったでしょう。しかしローコードは単なるツールではなく、組織のコア技術を支える基盤です。つまり基幹システムはローコードプラットフォームを含めた全体を意味することになります。"ソフトウェアの時代" という本質を、コアと呼べるものをどれだけ押さえているか、とみなすならば、自社が関与できるローコードプラットフォームを持つという発想があってもよいということです。

まとめると、ローコード革命のゴールは「ユーザ、SIer、ツールベンダーが同じテーブルで議論できる関係性をつくること」である、というのが私の考えになります。これは革命といっても可愛いものですし、また、三者の健全な関係づくりにつながる話です。せっかくなので革命される側ではなく、する側で活動したいという方は、是非ともローコード開発コミュニティの活動をのぞいてみてください。本特集記事に掲載されていたベンダー、SIerが多く活躍しています。