Excel に頼っている限り、IT 経営は遠い

企業の経営者が、新サービス(または既存サービスの改善)を計画するというシナリオを想定します。

ビジネスにおける「計画」とは、限られた資源の配分を決めることです。経営の視点からみた資源とは「人」「物」「お金」ですが、IT 経営時代では、これに「情報」が含まれる、という話は多くの方が知っていらっしゃいます。

ここで改めて、情報とは何のことかを思索します。

もし、情報とは「他社が知らない何か」「これを知っていると得する何か」「知らないと損する何か」と理解されているなら、それは誤解です。もちろん知っていれば有利でしょうが、これは資源配分の話ではありません。質が違うのです。

「人」「物」「お金」「情報」という括りでみた場合の「情報」は、ビジネス遂行中に発生する情報の管理・流通を指します。具体的には本部と現場(前線)の間で、短時間で、正確な情報のやりとりを行えるための情報流通路(パス)を構築することです。これはハードとソフトの両面があります。さらにソフトとはプログラムにとどまらず、人が情報を積極的に組織に提供し、再利用できる雰囲気づくりまで含まれます。

つまり、IT 経営とは「短時間で正確な情報のやりとりが行える環境を、組織として提供できているか」という視点を加えるということだと解釈しています。

しかし現実には、多くの組織が「人」「物」「お金」の段階までは配慮しますが、「情報」については後手に回っているようにみえます。その最たるものが、情報の管理・流通方針を確定させないまま、Excel でどうにかしようとすることです。

私自身は Excel というソフトウェアに好感をもっています。表という概念でデータを整理することは多くのビジネスにとって好都合であり、かつ、ユーザーインタフェースも洗練され、使いやすいといえます。しかし、これはあくまでも個人ユースに限った話です。

組織としての情報の管理・流通を Excel で行おうとすることは、もうその時点で、ビジネスの成功を怪しくしています。

重複データ入力、バージョン管理の煩雑さ、マスタデータが複数存在する、データ量増大にともなう不安定さ、巨大マクロ作成によるメンテナンス不全、そして内部情報統制のでたらめさによる情報流出の危険性... どの組織も共通に抱えているであろう、これらの問題は、出発点(まずは Excel でやっていこう)が間違っていたためにおこる不幸です。これをカバーするための現場の努力は、実はまったく無駄なものでしょう。本来、そこに費やす労力はサービスの改善につなげるべきものです。

しかし話はここで終わりません。
さらに深く掘り下げ、経営陣が Excel で何とかなるだろうと考えている本質を思索していきます。

一つには「IT そのものの理解不足」「IT への不信」があるのでしょう。しかし私はもう一つの視点として「現場への甘え」を指摘したいと思います。

システム開発には投資が必要です。投資を抑える発想をもつことは経営者として必要ですが、抑えた結果、何が起こるかを予見することも経営者の仕事です。Excel で何とかしてもらうという発想は、その結果として、現場に(本来はしなくてもよい作業を)強いることになることは感覚的に分かっているはずです。分かっていて投資を抑えているからには、そこに何らかの判断基準があるはずです。

組織にとってスタッフは利益を生む土台でもあり、経費でもあるという二面性を持ちます。これをどの視点からみるかは、経営者の哲学によります。より多くの利益をうむために、スタッフの活動を阻害するものを取り除き、働きやすい環境を整えるという発想なら、システムへの投資は肯定的に捉えることができます。一方でスタッフが固定費なら、システム開発の投資を避け、現場に吸収してもらった方が利益につながると考えられます。

つまり IT 経営とは、経営陣がスタッフに何を期待しているかを図る指標にもなっているのではないか?というのが私の仮説です。

組織とはビジネスルールを遂行するだけでなく、その歴史、文化も含め、重層的につくられています。その根幹を成すのは経営者のもっている哲学です。経営責任を問われるとは、自分の信じる哲学の妥当性を指摘されるということです。

具体的な調査を行ったわけではありませんので、あくまでも仮説ですが、情報の管理・流通をシステム的に行うための IT 投資を行う企業文化は、そこに働いているスタッフにとって優しいと感じられるはずです。今風でいえば、一種のエコシステムが構築されている状況です。一方、Excel で何とかしてくれ、という企業は決算上、黒字かも知れませんが、現場負荷が高まるためトラブルが増えます。結果、顧客満足度が低く、離職率が高いという可能性があります。

では私達にできることは何でしょう?

その王道は、組織内の情報流通をシステム化することが企業の発展につながり、結果として利益をうむ、というストーリーを実証することでしょう。小手先の投資による部分的改善は、一時的には喜ばれるかも知れませんが、時代の流れとともに優位性は消失します。企業の本質的な優位性を確立するための IT 投資は一朝一夕とはいきませんが、継続すれば必ずや力になります。それを愚直に主張し続けることがSIerの役割だと思います。