いよいよ、自分が生きている間に "特異点" がやってくるかも知れない、と考える時代になってきました。
この本が書かれたのは2005年ですので、今から10年近く前ということになります。私が読んだのは今年に入ってからなのですが、読後に受けた衝撃は大きく、読む前と読んだあとでは、科学ニュースの見方が変わりました。漠然と断片的に捉えていた、ばらばらの研究成果を報じるニュースが、一つのゴールに向かって進んでいると意識するようになりました。未来に向かう「鳥の目」を得たようです。
ここで、本書の作者であるレイ・カーツワイル氏の主張を簡潔にまとめてみます。興味をもたれた方は実際の書籍をお読み下さい。より詳細なデータと事例が報告されています。
2045年、人類は特異点に到達する
- 「特異点」とは、生物としての思考と存在が、自らの作り出したテクノロジーと融合する臨界点のこと。これを超えたとき、我々は人間的ではあっても、生物としての基盤を超越している。
- 特異点以後の世界では、人間と機械、現実とVRとの間の区別はなくなる。
主張の根拠
テクノロジーの変化は指数関数的な速度で拡大している。技術革新の発生率は加速しており、本書によると2005年時点で、10年毎に2倍の伸びであった。重要なことは、指数関数的成長とは、その成長率もまた指数関数的ということ。加速はよりハイペースになっているため、過去の10年の技術進化の尺度で、次の10年を考えることは読み誤りにつながる。
進化の段階
進化には段階がある。進化は間接的に作用する。ある能力が生み出されると、その能力を用いて次の段階へと発展する。
エポック | 進化の対象 | 内容 |
1 | 物理と化学 | 原子構造の情報 |
2 | 生物 | DNAの進化 |
3 | 脳 | ニューラルパターンの情報 |
4 | テクノロジー | ハードウェアとソフトウェアの設計情報 |
5 | テクノロジーと人間の知能の融合 | 生命のあり方(人間の知能も含む)が、人間の築いたテクノロジー基盤に統合される |
6 | 宇宙の覚醒 | 大幅に拡大された人間の知能(非生物)が宇宙のすみずみまで行き渡る |
なお、エポック6は、光速という限界を超えられるかどうかが鍵になる。
コンピューティングの成長
- 2025年 アップロードを目的とする、人間の脳のニューラルシミュレーションを達成。
- 2030年 人間の脳に匹敵する能力を備えたコンピュータが1ドルで購入できるようになる。
- 2045年 人間の脳すべてを凌駕するコンピュータパワーに到達。
- その後は人間の知能を拡大することで知能を増大させることになる。その限界が、文明の行き着く先になる。
脳のリバースエンジニアリングからわかってきたこと
- 超並列性をもつ。
- 自己組織化できる。
- 知的振る舞いは、複雑なネットワークから生み出されている。
- 矛盾性を許容できる。
- 脳は進化を利用している。(環境に適合したニューロンが生き残る)
- 頭蓋骨には、100兆のニューロン間結合を収めるまでが限界である。
脳と機械との接続の可能性
- ニューロチップ
- 超高解像度スキャン装置。個々の樹状突起やスパイン、シナプスの働きをリアルタイムで観察する。
- ナノボット。脳の毛細血管に何十億個ものナノボットを送り込み、スキャンする。
- アップロード。スキャンした情報をコンピューティング基板上に再インスタンス化する。最初は部分的なアップロードというシナリオが現実的。感覚処理や記憶から始まり、技能形成、パターン認識、論理的分析へと進んでいくだろう。
並行して進むGNR革命
種類 | メリット | 配慮が必要な点 |
Genetics(遺伝学) | 病気と老化の克服 飢餓の克服 デザイナー・ベビーブーマー |
生命工学的に操作された新型ウィルス クローン人間? |
Nanotechnology (ナノテクノロジー) | エネルギー利用率の大幅な向上 新エネルギーの実用化 ナノボットによる医療行為 |
無制限の自己複製による暴走 |
Robotics (ロボット工学) | 強いAI(人間の知能を超える非生物的な知能の創造) | 原理主義者による反対運動 |
並行して進む人体のバージョンアップ
1.0 [現在]
病気と老いは避けられない。肉体は、細胞レベルでは不変の物質の集まりではないが、その再生能力は時間とともに衰える。
2.0
ナノボットの活用。病原体を破壊し、DNAエラーを修復し、毒素を排除し、健康増進につながるあらゆることを行う。老化の克服。神経系との結合により、完全没入型のVRを実現する。食事が不要に。プログラマブル血液への入れ替えは心臓を不要とし、さらにそれ以外のほとんどの内蔵を取り除くことができるようになる。最終的には骨格、皮膚、感覚器官も代替可能となる。これらの体験を通して「どこまでが人間か」を考えるきっかけになる。
3.0
2.0の経験をとおして、人体そのものの再設計化を行う。VRではなく現実世界での身体的特徴の可変化。自己バックアップにより、精神の寿命は、肉体の永続性に依存しなくなる。
社会システムの変化
仕事
遊びが仕事の一種になる。
学習
脳内への直接ダウンロードにより暗記が不要に。教育コストはゼロに近づく。
戦争
人間による遂行から、ロボットの活用へ。
宗教
死の正当化という役割は終わる。「人間の意識への敬意」と「学問と科学からなる知識の尊重性」が基本原理となる。
文明の方向
なぜ私たちはまだ宇宙人と接触できないのか、に対する一つの回答。
文明をもった生命体がひとたび宇宙の近隣一帯をみずからの知能で満たしたなら、彼らは(複雑さと知性の指数関数的成長を続ける場として)新たな宇宙を創造し、本質的にはこの宇宙を去る。(という説がある)
つまり私たちが特異点を超えたあとも指数関数的成長はとどまるところを知らず、22世紀の終わりまでに我々の知能が宇宙を満たすことを予測するもの。(これは光速の制限が撤廃されたという仮定があるが、著者はいずれ解決できるだろうと楽観的に捉えている。)
人間の定義
- 人間とは、その限界をたえず拡張しようとする文明の一部のこと、と定義できる。
- 人類は現時点でもすでに、その生体を再生し、補強する手段を急速に増やしている。つまり生物的な限界を超えつつある。さらなる技術によって改良された人間と、それまでの人間との境界線を定めることはできないだろう。
- 特異点とは進化を一歩進めることではなく、生物進化の一切をひっくり返すこと。
意識とは何か
- 人間の脳が非生物的な部分と融合していくと、意識も生物的な脳から非生物的な部分へ移ることになる。
- 非生物的な存在が”自分にも感情と精神がある”と主張したとき、意識の実在を裏付ける客観的な検証法は存在しないため、受け入れることになる。
- 科学ではなく哲学が新しい規範を定めることが求められる。
「わたし」とは何か
- 現在のわたしは一ヶ月前のわたしとはまるで異なる物質の集合体である。変わらずに持続しているのは、物質を組織するパターンであり、かつパターンもゆっくり変化している。
- すなわち「わたし」とは長時間持続する物質とエネルギーのパターンである。
- 知識もパターンであり、知識を失うことは重大な喪失である。したがってひとりの人間を失うことは究極の喪失といえる。
知能の限界
- 知能を支える宇宙の容量(物質とエネルギー)は、10^90cpsと見積っている。"cps" = 1秒あたりの計算回数。
- これは、地球上のすべての人間の脳を合わせたものよりも、1兆 x 1兆 x 1兆 x 1兆 x 1兆倍も強力なもの。人間の脳はおよそ10^16cpsと見積もっている。
レイ・カーツワイル氏は今、何をしているのか。
Googleにいらっしゃるそうです。
「グーグルが雇用した危ない天才発明家とAIの行方」
最新の研究は、すべて特異点というゴールに向かっているのか?
この1年以内で、私が気になったニュースソースです。この本を読んだあとでは、特異点に何らかの貢献をしているように感じるようになりました。
神経科学者たち、脳のコンピューターモデル構築を目指す
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=1108&f=business_1108_050.shtml
IBMが人間の脳と同じ構造を持つプロセッサーの開発に成功
http://gigazine.net/news/20140808-ibm-brain-similar-processor-chip/
ネットを介して脳に直接メッセージを送る実験が成功
http://gigazine.net/news/20140828-brainwave-transmission/
脳インプラントの未来―暗闇でも見える網膜チップ
http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052702304471904579448350773495562
推論する人工知能:Debater with IBM Watson
http://scivis.hateblo.jp/entry/20140518/1400368799
夢を可視化する 脳情報デコーディングの試み
https://www.youtube.com/watch?v=ar1Itso5piA&noredirect=1#t=13
サイボーグ型ロボットスーツ「HAL」、失った身体機能の補助・拡張に
http://mirainews.net/131211/
NHKサイエンスゼロ、量子コンピュータの番組
http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp479.html
脳コンピュータや量子コンピュータは、いずれも現在のコンピュータとはまったく異なるものです。これが本書でいう「強いAI」を実現する基盤になる可能性があります。