「人間さまお断り」- 人工知能時代の経済と労働の課題を考える

明けましておめでとうございます。年明け最初のブログは年末年始に読んだ本の紹介というのが定着してきました。2017年冒頭に紹介するこの本は、私が抱いていた人工知能時代の経済と労働について、納得できる方向性を提示する良書でした。

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著者はスタンフォードAI研究所からIT系のベンチャー企業を複数、立ち上げた経験があります。いわば「産」と「学」の両方の視点を持っている稀有な人材です。その知見から近未来を見通そうという試みであり、いわゆる人工知能の入門書ではありません。現在の技術トレンドはひととおり抑えているが、それが社会に及ぼす影響と解決策のヒントを知りたいという方に向いています。私はちょうどその分野に興味があったため、時宜を得た内容でした。

現状の課題

本書で著者が整理した現状の課題は、おおむね次のようなことです。

  • 人工知能は人間と同じように思考するのか、という問いは、これから起こる社会の変化には的外れな問いである。なので出発点としては切り離して考えておく。
  • 多くの労働が機械に置き換わる流れの帰結は、資本さえあれば人の労働力は不要になるということである。現在、1パーセントの富裕層が恩恵を受けると考えられているが、最終的には0パーセント、つまり人間は誰も恩恵を受けないという可能性がある。
  • 失業問題は、労働市場の変化そのものが問題なのではなく、変化のスピードが速すぎることが問題である。そのスピードに個人も企業も教育機関もついていけない。
  • 最大の難問は所得格差の是正である。しかし実際には、単純に富めるものから多くの税金をとる、ということでは解決できなくなっている。起業家精神を損なうことなく、利益を社会全体で享受する仕組みが必要だが、政治はこの問題に有効策を打ち出せていない。

知っておきたい事実

本書には人工知能とロボットが実現している、現在進行中の事例が複数、記載されています。その一部を紹介します。

株式売買の超高速取引

私はこれまで、世の中の動向を把握しながら、株の売買の判断を行うアルゴリズムがあるのだろうと思っていました。しかし実際に行われていることは、景気を読むという人間的な発想とは異なるものでした。

同じ株が複数の取引所で扱われているとき、本来、株価は同じのはずですが、実際の株価はそれぞれの取引所である瞬間、わずかな価格の揺らぎがあります。人間にとって無視できるその揺らぎに着目し、価格の微差を見つけて瞬間的に売買し、その値幅を手にします。非常にわずかな金額ですが、それを短時間に超高速に取引することで、大きな額になるという手法です。

この方法は、コンピュータの能力の悪用とは言い切れないものの、これで儲けを得るということには釈然としません。著者も同意見のようで、この超高速取引を規制する具体的なアイデアを披露しています。シンプルですが効果がある案だと納得しました。国際的に協調して対策することを望みます。

アマゾンが集めるであろう莫大な利益

アマゾンはオンライン販売の代表格で、低価格、すぐれたサービス、競合他社との公平な競争というイメージがあります。しかし、あまりにも便利なサービスに慣れ親しんだ私たちは将来、いつのまにかアマゾンの利益が最大化されるように調整された価格で(それでも得をしたと喜びながら)推薦される商品を嬉々として購入するようになっている可能性があります。株式売買の超高速取引と同じように、売買一件あたりの利益はわずかでもその総量は莫大になります。いわば人工知能の力によって集められた利益といえます。その利益は誰に集められるのかといえば、現時点では一部の大株主です。

米国ではかろうじて、富豪と呼ばれる人に集中された利益が、慈善事業に回るということができています。しかしその再投資は、本来、社会が必要とする分野ではなく、特定の個人の興味分野に偏るという問題があります。例えばエジプトの王の元に集まった利益でピラミッドをつくってしまうような話になってしまうのは、あまりよいお金の使い方とはいえません。一部の層による事業運営方式では、格差の解消は期待できないということです。

さりげない未来予想

本書にはさりげない未来予想が登場します。そのいくつかを紹介します。

  • ロボットの普及は、SFによく登場するような、ヒューマノイド型ロボットというわかりやすい形ではない。むしろ逆で、人間が気づかないレベルで、環境全体がロボット化する。町中にセンサーが張り巡らされ、小さなドローンの群体が配送やペンキ塗りといった仕事をする傍ら、自動運転車が人間や荷物を運ぶ。目立たない地味な道具類が一台何役も家事仕事をこなし、人々の生活は過去に似たものになる。
  • 音声合成技術により、著名アーティストの曲を即興で合成、演奏するソフトウェアが登場するだろう。これは著作権回避のためである。多くの人はオリジナルではないと気づかないレベルで、曲を再生するようになるだろう。
  • 自動運転車の普及により、車を所有する動機がなくなる。今から20年から25年後に、車の台数は現在の 1/3 あたりまで減るだろう。

人工知能とロボットが本格的に社会に進出する前に取り組んでおくこと

著者は豊富な経験をもとに、具体的な提案を行っています。求められる職業に就けない人々への再教育プログラムにかかるコストをどうするのか。自動運転の問題で知られるように、人工知能の判断によって第三者が不利益を被った場合、人工知能そのものを罪に問うことができるのか。労働そのものが不要になる社会で家計を支える収入をどのようにして得ることができるか。人工知能やロボットを手がける少数の企業による利益の寡占化を防ぎ、適切に社会全体に分配されるための枠組みはどうあるべきか。このような、多くの人が漠然と抱いている疑問を正面から取り上げ、新しいルールを整備しようと試みる(しかもそれらの案はいずれも実現可能に思える)のは、単なる楽観論や悲観論ではない、現実的な議論をはじめるためのたたき台としてちょうど良さそうです。持ち上げすぎかも知れませんが、大筋はこの著者の考える方向で落ち着く可能性が高いのではないかと感じました。

変化の一歩先を予想しながら進みたい

今年もまた、私たちを驚かせる技術革新が多く登場することでしょう。もはや人工知能とロボットが社会に進出する流れを変えることは難しく、そうであればこそ、経営に携わる立場として、それが社会に与える影響を考えながら新しいアイデアを取り入れていきたいと思います。