「狭い回廊」をくぐり抜けた企業がDXの恩恵を受けることができる

最近、「狭い回廊」という言葉を学びました。元ネタはこちらです。

民主主義とは何か (講談社現代新書) | 宇野重規 | 哲学・思想 | Kindleストア | Amazon

政治制度の発展において、

…「国家の要求と社会の反応がせめぎ合うなかで平和的な均衡を見出すのは、並大抵のことではなかった」…
(中略)
…さらに彼らは、国家と社会とが危うい均衡を実現することを「狭い回廊」とも呼び、この「狭い回廊」をくぐり抜けた国だけが、自由と繁栄に近づいていったと主張します。

本書では、西欧において「狭い回廊」をくぐり抜けた代表として17世紀のイングランド(18世紀の英国)をあげています。領主や地主が早くから商業社会に適応していたため、産業化に反対する強固な貴族・地主階級が存在しなかったという背景があったと説明されています。一方、ドイツなど多くの国においては、農村に基盤をもつ貴族・地主階級が保守・反動勢力となり、民主化に抵抗していたということです。

これは現在、世界中を席巻している DX(デジタル・トランスフォーメーション)でも起きていることではないか、ということに気づきました。

組織の DX 対応とは、お客様のニーズの変化と、自社都合のせめぎあう中で、ビジネスとして成立する均衡点を見出そうという取り組みだ、というのが私の理解です。これは並大抵のことではありませんが、狭い回廊をとおってこの均衡点に到達した企業だけが次の繁栄を享受できるはずです。しかし現実には、これまでのビジネスモデルを変革していいのか?という抵抗勢力とのはざまで、経営陣は悩んでいます。

楽してDX、のアプローチ

さて、あるSIベンダが「DXソリューション(仮)」を提案してきた、とします。たくさんのパラメータが用意されており、自社の状況を(パラメータとして)入力すると、その会社向けの DX が実現できるという触れ込みです。パラメータの入力そのものは面倒かもしれませんが、最初に一回だけ設定することができれば、あとはそのソリューションが最適な解を示し続けてくれます。さて、これは魅力的な提案でしょうか。

もし、こういうソリューションを待望していた、という企業があれば、その時点でお先真っ暗というのが私の意見です。まったく DX のことをわかっていません。パラメータの数をいくら増やそうが、AI を導入しようが、私は頑として認めません。

その理由は、大義名分がないためです。今、問われているのは「自社の存在意義を(デジタル化されていく)社会のどこに位置付けるか」でしょう。ビジョンと言い換えてもいいです。はじめにビジョンありき、これを実現するための組織であり、ビジネスモデルつまり儲かる仕組みがあり、それを支える IT があります。ビジョンを示すことなく、自社の現在の状況をいくらパラメータ化しても、DX という次元には到達できません。

はじめにビジョンありき

このビジョンについて、私が重視していることがあります。

それは現在のビジネスの延長にしない、ということです。別の表現をすると、10%の改善ではなく、10倍の改善を目指す、です。10倍ともなると、現在のビジネスモデルをどういじっても達成できません。おのずと発想の飛躍が求められます。

もう一つは、経営者の直感に戻ること、です。これも別の表現をすると、違和感を無視しない、です。何かおかしい、この些細な違和感にビジネスモデル変革のヒントがあると思います。

10倍の改善など思いつかないし、違和感も感じられなくなってしまった.. そんな経営陣にも、最後にできることがあります。そのような主張をする若手に譲り、抵抗勢力と一緒に引退することです。DX とは、そこまで重い話だと考えています。

働く側にとっての DX

ここまでは経営的な視点でしたが、従業員にとっても変化があります。それは「組織内での出世」「目前のベースアップ」という要求からいったん離れるということです。代わって「マルチキャリア」や「副業」といった多様な働き方を受け入れることがむしろプラスに作用すると思います。

では DX 時代に個人は(今いる組織に対して)どう働けばいいのか。私の考えは「自分の今の業務を(自動化などによって)なくし、コモディティ化する活動に関わること」です。これも別の表現をすると「自分だけが操作できる Excel ファイルを捨て、誰でも扱える業務・データにすること」といってもいい。自分しか扱えない業務を増やすことで自社における個人の優位性を確立させるのではなく、むしろ自分がいなくても組織が回るような仕組み作りに精を出すのです。そのような発想ができ、これを実現するためのスキルを有した人材こそが、これから求められていくと考えています。

なぜなら、このような仕事は実は仕事ではなく作業だったから、です。作業から離れ、仕事に集中したい。作業はコモディティ化できるが、仕事は私にしかできない。この目線をもった人材が重要になるという意図です。

ノーコード・ローコードツールの使い所

ようやく私たちのビジネスとの接点につながるのですが、「これを実現するためのスキルを有した人材 = 社内の内製開発を推進する人材」であり、ノーコード・ローコードツールの活用を推進できる人材、となります。ただし単にAやBのツールを使えるではありません。それだとExcel推進と何も変わりません。組織内でのデータ共有のためには「データモデリング」や「業務フローの整理」といった基本スキルが前提になります。これらの視点および具体化する手法(メソッド)をもっている人材が支えることによってはじめて、組織のDXは成立するというのが私の解釈です。

そこまでの覚悟と理解をもつのは大変と思うかもしれませんが、何をすべきかが明確になれば、必ず達成できます。上(または外)から命じられた、お仕着せのDXにはとっとと見切りをつけ、自分たちの手で DX を進めていきましょう。これこそが目指すべき「狭い回廊」です。